疾風の勇士−乱世を駆け抜けて− について

真田幸村メインの戦国時代ボーイズラブ小説です。幸村をモデルに、彼と真田十勇士の活躍と生涯を描いていきます。
ストーリーメインでBL的要素は少なめです。現代風に書いていきますので、歴史に興味のない方でも読んでいただけると思います。
フィクションですので史実、時代考証、地形などは、軽くスルーでお願いいたします。幸村メインですので、敵対する武将については表現上かなり悪く書く場合もありますのでご了承下さい。
説明(1)
第一章(14)
第二章(12)
第三章(14)
第四章(14)
第五章(14)
第六章(2)
史跡(7)
閑話(3)

第一章〜三章◆上田城(少年期)
才蔵×幸村ですが、まだ二人は出会っておりません。

2009年10月15日

第五章−7−

 浜辺に並んだ軍船を見て回っていると、船に残っている兵士達から声をかけられた。
「坊主、どこの船に乗って来たんだ? 怖くなかったか?」
 声をかけてきたのは、以前に手伝いをしていた船の兵士だった。
「貴龍丸に乗せてもらって来た。後方支援の運搬の船だ」
「あぁ、甚八の船に乗っていた少年兵というのはお前だったのか」
 来い来いと手招きされて近づくと、残り物だがと握り飯をくれた。
「佐助も一緒か?」
 うんと頷くと、もう一つくれる。
「また手伝いがあれば声をかけてもいいか?」
「はい。手伝わせてください」
 にこにこと元気よく返事をすると相手も笑う。
「その時は貴龍丸に遣いを出すわ」
 港には幸村の想像を越す兵士が残っている。
「上陸したら、全員で戦地に行くと思っていました」
 幸村の疑問に、兵士はぷっと吹き出す。いかにも子どもらしい疑問だと思われたのだろう。
「上陸している間に、帰りの船を沈められちゃあかなわねぇからな」
「あぁ、そうか」
「まぁそれでも、支援の要請が来れば、何編成かを組んで出陣することもある。その時にはまた内地から支援部隊が来ることになると思うが」
 それでは海で迎撃し、上陸を邪魔し、城を守りながら戦っても、続々と羽柴軍は押し寄せてくることになる。
「多分、来月くらいには、瀬戸内に羽柴軍の船がまた並ぶことになるぜ。その軍船の群れを見れば、さすがに負けを認めたくなるとは思うがなぁ」
 ずっと羽柴秀吉の直属にいるという足軽の大将は、今後の戦闘予想も的を射ているようだった。最初に大群を投入し、それでも持ち堪えられる様子を見せると、背後に今までと同じだけの勢力が控えていることを見せる。
 今は持ち堪えられても、その後には耐えられないとわからせる。無駄に兵力を消耗させずに勝つのが、羽柴軍の勝利の法則のようだった。
 だが、誰にでもできるものではない。尽きぬほどの兵士と財力がなければ到底出来ない戦法だ。
 この軍船の背後に、同じだけの軍船が並ぶ。今度は戦うことなく上陸される。
 その光景を考えると、負けを認めざるをえないだろう。
「後ろから見ていたんですけど、あの船、素晴らしい動きをしていましたね」
 幸村が黒田家の家紋をつけた船を指差す。
 黒田官兵衛は軍隊を率いて出陣していくのは見届けた。だが、幸村の指差したのは、黒田軍の軍船の一つで、官兵衛の船ではなかった。敵の船の中をかいくぐるように突き進み、上陸の道筋を作った軍船だった。
 さすがに敵の砲撃も受けているらしく、上陸してから船の補修をしている。
「あー、あれは黒田家の嫡男、長政様の配下の船だな。大将は誰だったかな。あまり聞かない名前だった」
「望月殿だよ」
 横から別の兵士が教えてくれる。
「黒田長政殿につけられた軍師で、長政様の命令で動いたというが、あの人にそんな知略があるものか。全部望月殿の戦略だろうよ。なのに黒田如水殿のお褒めは自分が独り占めで、船が傷んだのは望月殿の責任だからと、なんとあの智将を置いていったんだと。向こうでやられてなきゃいいけどな」
「官兵衛殿が指揮を執られるんだから大丈夫だろう」
 どうも兵士達の間では、父と軍師の評判はよくて、息子の評判はよくないようだった。
「だったら、船に行けば会えるのですか?」
「どうだろう。気難しい人だからなぁ。置いていかれてぷりぷりしてるかもしれないから気をつけろよ」
「うーん、ちょっと様子を見るだけ」
 好奇心を丸出しにして、幸村はその船に向かって駆けて行った。
「大丈夫かね?」
「平気だろう、あの子に冷たく出来る奴がいるなら、それこそ見てみたいもんだ」
「不思議ながきだよなぁ」
「本当に」
 二人は笑いあって、自分たちの作業に戻っていった。

 幸村は藤巴紋の帆がはためく船の前に走ってきた。いつの間にか横に佐助がいる。
 危険があるということはなかったが、はっきり味方ともわからない場所では、佐助は側を離れようとしない。
 その船は船首にも右舷にも大きな損傷が見られた。
 船の補修などどのようにするのか知らなかった幸村は、ここに来た目的は二の次とばかりに、工事の様子を熱心に見続けていた。
 二人で貰ってきた握り飯を頬張りながら、邪魔にならない場所に座り込んでいると、後ろから声をかけられた。
「どこの子どもだ? 船に興味があるのかい?」
 二人が振り返ると、鎧を着た若い武将が立っていた。兜はかぶっていない。
 顔は子ども相手にするように愛想良く笑っているが、その目は二人の素性を探ろうとするように光っている。
 幸村は立ち上がって、頭を下げた。横で佐助も同じように礼を取る。
「私達は貴龍丸でお世話になっている者です。俺が幸村、これは佐助と申します」
 名乗ってから頭を上げる。
 その武将は目から警戒の光を消し、真っ直ぐに幸村を見た。
 涼やかな、それでいて懐かしいような温和な瞳だった。
 どこかで会った事のあるような目だと思い、そうだいつも側にいてくれた寡黙な人の、あの眼差しに似ていると感じた。
「貴龍丸では少年兵士が勇敢に戦っていたと噂に聞いたが、君達だったのか」
 武将はそこではじめて優しい笑顔を浮かべた。
「私はこの船を預かっている大将で、望月六郎という。乗ってみたいのかい? 貴龍丸よりは大きいけれど、乗り心地はそう変わらないよ」
 望月は朗らかに笑って、幸村たちを船へと招いてくれた。



posted by 高野尾 凌 at 20:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

第五章−6−

 羽柴勢の兵士達が上陸を開始し、隊列を整えていく。
 その訓練された動きを、幸村は貴龍丸から眺めていた。
「あの統率力はすごいな」
 真田軍は少数精鋭だったため、それこそ一糸乱れぬ軍隊だったが、これほどの大部隊となってもそれが可能というのは素晴らしい。
「上意下達が徹底されているのだろう。小部隊ごとに命令系統が整っていれば、歩兵は自分が誰の命令だけを聞いていればいいのかがわかるから、動きが取り易いんだ。上位のものも、自分が命令する部下を飛び越えてはならない。一旦それが崩れれば収拾がつかなくなるからな」
「なるほど……」
 甚八が日に焼けた肩をいからせながら、柄に似合わないような丁寧な説明をする。
「そういうこと。幸村は佐助に命令して、佐助は部下に。幸村が佐助の部下に直接命令してはならない、っていうことだな」
 幸村は父の昌幸が健在の頃、城の中の下働きの不始末を直接叱らずに、それを取りまとめる者に注意していたことを思い出した。その時は、直接叱ったほうが早いのにと思ったし、城主から直接叱られるのでは相手が重く受け取りすぎるからだろうかと勝手に判断していたものだが、いま、その意味がわかったような気がした。
 命令も叱責も、自分の分を飛び越えてはならないのだ。
「俺が佐助の部下を直接処罰してもならない……?」
「あぁ、駄目だな。幸村は佐助の部下の日頃の働きを知らずに失敗だけを叱ったんじゃ、佐助は部下をかばえなくなるし、直接叱られたりしたら恨みを持ってしまう場合もある。それに部下の失敗は佐助の失態でもあるのだから、佐助自身も反省しなければならないのに、その機会がなくなるということになる」
 そういうことを父や筧茂治や鷺宮や宗太郎に習っている途中だった。それを学べなかったことが、今はとても悔やまれた。
 俯き考え込んだ幸村の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「お前にはまだまだ勉強する時間がたっぷりあるじゃないか。急ぐ必要なんてない。急いては事を仕損じるって言うからな」
 開けっぴろげで、快活な男は屈託のない笑みを幸村に向ける。
 時間があるだろうか。幸村は考える。時間はいくらでも欲しい、仲間が欲しいのと同じくらいに。けれど、いつまでも待てるというわけではない。上田の庄の領民がどれほど待てるだろうか。待っててくれるだろうか。兵士達は……。
「貴龍丸もよくまとまっているのはそういうわけか」
「うちは船が小さいからな。そんな立派なもんじゃねぇよ」
 確かに甚八がすべての命令を出し、叱るときも直接怒鳴りつけている。ただし、普通に喋っているときも声が大きいので、怒鳴りつけているのとそう変わらないように感じる。
「ま、幸村が俺の上に立ちゃぁ、俺の部下を叱るときは俺を通してからにしろってことだな」
「下についてくれるのか?」
 喉から手が出るほど欲しい、この船とこの男は。だが、上田には船を持ち込めないし、彼らは地上で生きていくのは難しいだろう。
「ははは、お前が俺に勝って、一生海で暮らすのなら、その時には考えてやらぁな」
 一瞬、頷きたくなるような、真っ直ぐで強い視線を向けられる。慌ててその純粋な視線から逃げ出して、笑いで誤魔化す。本当に望まれたら、ついて来いと言われたら、断れないんじゃないかと、暑いはずの陽射しの中で背中に冷や汗が伝う。
 頼むから唆さないでくれ。甚八が心の中で叫んだことをわかっているのかいないのか、幸村も軽く笑って、甲板へと戻っていく。
 その背中を見つめながら、最近ずっと幸村が一人でいると話しかけている自分に気がついて、甚八は頭をがりがりと掻いた。
「ちょっとまずいんじゃないか?」
 話すうちに、助けてやりたくなる。何を背負っているのか聞き出して、手を出してしまいたくなる。
「くっそー。いつも佐助がついてりゃあ、いいもんなのに」
 そういえば、どうして佐助がいないのか? そう思って辺りを見回すと、幸村の横に佐助が立っている。最近はよく帆柱の先端に立っていることが多い。
 二人はそれほど話しているようではないのに、分かり合っていることが多くて、時折びっくりすることがある。
「もしかして、俺様、はめられてねぇか?」
 まさかな……? まさかと思いながら、否定しきれない事が怖かった。

posted by 高野尾 凌 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月11日

第五章−5−

 貴龍丸は幸村たちを置き去りにはせずに、明石の港で待っていてくれた。だが、三日前とは事情が少しばかり違っていた。
「知り合いに会っちまったんだ。参戦はしないが、後方支援を頼まれた。乗せていってもいいが、矢が飛んでこないとは約束できねぇ」
 そう言われて貴龍丸の積荷を見ると、確かに矢や火薬などの戦闘用の積荷が見られた。水夫達もみな鎧を身につけている。
「俺と佐助は乗っていく。清海と伊三はどうする?」
 幸村は迷わずに返答して、三好兄弟を見た。
「そりゃあ、俺たちも行くさ」
 置いていかれても困るとばかりに、清海たちも頷いた。
「しかし、清海たちは俺たちの鎧を着るとして、幸村たちはどうする? 子ども用の具足はないぞ」
 乗組員用の余った鎧はあるが、子ども用の小さなものなど、用意のあるはずがなかった。
 しかし、それを心配する甚八も鎧を身につけていない。皮の袖なしの着物のままだ。
「必要ない。矢や鉄砲が飛んできたら、そもそも鎧も役に立たないし」
 そんなふうにいわれて、鎧をつけているものたちは苦笑いする。
 戦場を知らないお坊ちゃんだと思われたことだろう。だが、水軍の戦いを間近で見られるのは、願ってもないことだった。
 それでも佐助が、貴龍丸の荷物の中から掘り出した鎖帷子を、一旦解いて小さくしたものを、着物の下に着込んだ。佐助は元々刃物を通しにくい皮の胴当を着ている。
「幸村様の初陣、こんな戦、相応しくない」
 帷子を用意する間に、佐助はそんなことをぽつりと言った。寡黙なのはいつものことだったが、どことなく不満顔だったのは、そういうわけかと幸村はおかしくなって、くすくすと笑う。
「初陣ではないだろう」
「……でも」
 本来ならば、有名武将の嫡子ともなれば、本陣とは別の一角を任され、勝てないはずのない戦が初陣となることが多い。
 幸村……信繁も真田昌幸の嫡子として、華々しく、勝利の約束された初陣を飾るはずだった。
 そんなことをまさか佐助に言われるとは、思っても見なかった幸村だった。
「俺の本当の初陣は、上田の城を取り戻すときだ」
 ささやくように言って聞かせる。幸村としても、その気持ちに嘘はなかった。
「……そう、ですね」
 納得できない様子ながらも、佐助はこくりと頷いた。

 初夏の陽射しの降り注ぐ中、戦闘の火蓋は切って落とされた。
 上陸されては厄介とばかりに、水軍同士の戦闘は激しさを増していく。
「あの船、あの船の動きが素晴らしい」
 貴龍丸は補給船と同じく、船団より離れた場所で待機をしていた。
 船の先頭で背伸び立ちして、幸村は一隻の船を指差していた。
 大型の安宅船だが、小回りがよく利いていて、混乱する海上をうまくすり抜けて、有利に陸地へと進んでいっている。
「ほう、確かにあの大きさで、あれだけ小回りが利くとなると、よほど訓練されていて、指揮が行き届いているということだろうな」
 甚八も横に来て、幸村の指差した船を眺めた。
「一番乗りだ。すげぇな」
「帆の紋は、黒田殿のようだが……」
 黒田官兵衛の紋をつけた船はいくつかあって、本人が乗っているのは後方につけた大型船だろうと思われる。
「一つ一つは、誰の指揮かはわからねぇな」
「それにしてもすごいな」
 その船が敵の船団を割って進み、後の船が続いていく。
「四国の自慢の水軍相手に、ここまでやれるなんてすげぇよな」
 甚八も興奮気味だ。
「漕ぎ手の動かし方が素晴らしいな」
 顎をこすりながら、感心しきりだ。
 両軍入り乱れになり、船形も崩れてきた。
 その時、補給路を断とうとばかりに、貴竜丸目掛けて進んでくる戦艦があった。
「横につけさせるなー!」
 甚八が大声を張り上げる。自分も槍を手に、向かってくる船を威嚇する。
 相手側は必死の攻撃で、なんとか船と船の間に板を渡そうとする。
 幸村は甲板に下り、自分の槍を手にした。その両脇に清海と伊三が陣取る。
「歩兵などわしらの敵ではないわ!」
 清海と伊三は乗り込んでくる敵を次々と槍で突き、薙ぎ払い、乗船する前に海へと沈めていく。
「左舷後方から」
 佐助の声が幸村の耳に届く。
「甚八! 左舷後方だ!」
 船の縁で指揮を執っている甚八に向かって叫び、自分はそちらに向かって走った。その瞬間、船がぶつかってきて、轟く音と共に衝撃が走る。
 ぶつかってきた敵船に、煙玉が投げ込まれる。佐助が投げたのだろう。
 煙に巻かれながら、敵兵が逃げるように乗り込んできた。
「はーっ!」
 槍を繰り出し、相手の足元を狙う。
 相手は自分を攻撃してきた兵士のあまりの幼さに驚き、態勢を崩したまま後ろ向きに転倒する。
 それでも必死に刀を取り出し、応戦しようとする。
 止めを刺そうとする幸村に向かって、二人の兵士が向かってくる。
 幸村はくるりと体を回転させ、槍の持ち手で一人の胴を突き、それを梃子にしてもう一人に当身を食らわす。当て身を受けながらも振りかぶってくる相手に、体を沈ませて足ではらいをかけた。
 滑るように蹴って、そのまま起き上がる頃には、相手は飛んできた苦無に首を切られていた。
 血飛沫が上がるのに、また一歩飛び退って避け、次の相手に構えるが、敵船からはもう兵士は上がってこない。
「船を沈めろ!」
 甚八が声を上げて何人かが乗り込むと、船底に穴を開けたのか、見る見るうちに船が沈みはじめた。
「船は貴重ではないのか」
 もったいないと幸村が聞くが、甚八は気にしていない。
「船を残せば、生き残った兵士がそれを使う。ただ浮かんだ船に攻撃を仕掛けるのも避けたい」
 なるほど、海には海のやり方があるのだと納得する。
「それにしても幸村、なかなかの腕だな。佐助との連携もすごいもんだ」
 手放しの褒めように、幸村は甚八を見てから俯いた。
「俺は褒めたつもりなんだが」
 幸村は寂しそうに笑って、槍についた血糊を振って落とした。
「人殺しを褒めては駄目だ」
 これから自分は、殺した兵士の多い部下ほど褒めねばならない。
 そのために、自分だけが綺麗ではいられない。それはわかってはいたが、後味の悪さを拭うことは出来なかった。

posted by 高野尾 凌 at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

第五章−4−

 十蔵は上田の庄を歩きながら、その様子の変化に愕然としていた。
 久しぶりに戻ってきた上田の庄は、何も変わっていないように見えて、村に漂う空気は明らかに違っていた。
 人々の顔に鋭気がない。歩く姿も俯きがちだ。
 十蔵は上田城に入ろうとして、門番に阻まれた。
「俺は筧茂治の息子だ。父に会いに来た」
 取次ぎを頼んでも、書面で許可を取らないと入れられないの一点張りだ。
 ならばとその書面を提出してみるが、筧茂治に面会は出来ないと断られる。
 父に会うだけでこのように苦労するとは思っても見なかった。
 仕方なく、十蔵は城下に近い農村で、しばらく厄介になることにした。
「新しい城主になってから、税が上がって、生活が大変になりました」
 十蔵が都合をつけてきた米をひどく喜んで、丁寧にもてなしてくれる若夫婦が気の毒に感じられた。
「いくら願っても無理だとわかっているんですが、源次郎様さえ生きてくださっていたらと、そう思わずにはいられないんです」
 小さな体で、村の中をかけていく元気な若様。
 気さくに話しかけ、村の生活のことを一番に気にかけてくれていた。
 生きているかもしれない、そう言えたならどれだけ気楽になれただろうか。けれど、誰にも知られてはいけない。例え上田の庄の、源次郎の生存を願う人であっても。
 実は十蔵は上田に戻る前、春日山城に寄ろうと思った。誰よりもそれを願っている小姓の二人に、知らせてやろうと思ったのだ。
 けれど、越後に入る直前で、不審な人影を見つけた。
 つけられている……。どこの手のものに? などと考えるまでもなかった。
 自分はこれまでに、変な動きをしなかっただろうか。今までの行動を省みる。
 冷や汗が背中を伝う。長浜で突然引き返したのはまずかったのではないか。
 だとしたら、またこの春日山で引き返しては余計に探られてしまう。
 十蔵はまだ頑なな態度を崩さない、六郎と小介に会い、形ばかりに上田に戻らないかと誘った。
 二人は十蔵を睨んだまま首を横に振り、ほとんど喋らないままに上田へと向かってきた。
 越後を出たところで、不審な追跡者の影は消え、越後が監視されているのだとわかり、長浜までは手が伸びていないことに安堵した。
 なんとか父に内密に連絡を取りたいと思っているところに、真夜中、農家を訪ねて来る者がいた。
「十蔵様……、十蔵様」
 屋根から声をかけられて、十蔵は跳ね起きた。咄嗟に刀を掴んだが、自分の名前を呼ばれたことで、父からの遣いではないかとも思っていた。
「真田忍隊、影斎の息子、影桂と申します」
 十蔵が土間のほうに降りると、目の前に黒い人影が現われた。
「茂治様より、書状をお預かりしてまいりました」
 忍が懐から出してきた手紙を、ろうそくの明かりにかざす。確かに父の字で、三日後に源次郎堤で待つと書かれている。
「父に了解したと伝えてくれ」
「承知」
 影桂はまた闇に溶けるように消えた。十蔵は父からの文をろうそくの火で燃やし、かまどに投げ入れた。
 一切の証拠を残してはならない。絶対に守られねばならない、この秘密だけは。

 三日後の日が沈む頃、十蔵は農夫に姿を変え、銃を鍬に持ち替えて、源次郎堤に立った。
 源次郎が急いで作らせたこの堤は、今もその名前で呼ばれ、上田の庄を何度も守っている。
 あの時、十蔵は源次郎に命じられて、雪融け水が鉄砲水となって川を駆け下ることの恐ろしさを、村の老人に聞きに向かった。
 あれほどに上田の庄を愛し、必死に守ろうとした少年が、この地を捨てるはずがない。どこにいるのかはわからないが、この堤を見れば、必ずここに戻ると信じられる。
「十蔵か?」
 茂治の声はひどく疲れて聞こえた。
「何用で上田に戻った? お前は上田に戻ってはならぬ」
 他に成すべき事があるだろう。父の声は十蔵を責めているようだった。
「上田に戻ったのではありません」
 それだけははっきりと言い切った。戻るときは源次郎と一緒だ。その決意はまだ明かせないが、父ならば言葉に出来ない十蔵の言葉も察してくれると願った。
「上田城は、村上によって占領され、何もかもがいいように荒らされている。居残った上田の兵士はまるで奴隷扱いだ」
 父の話に、澱んだ空気は村の中だけではなく、城の中にも充満していることがわかった。
「城を抜け出すものも増えているが、出て行くものは身包みはがされる。だが、そうまでしても出て行こうとするものが増えている」
 抜け出しさえすれば、どこかに仕官することもできるだろう。その望みだけで脱出する。
 上田がこうならば、北条や他でも同じだろう。
「父上、抜け出す者に、踏みとどまるように説得してください」
「十蔵……」
 上田城は昌幸が築いた、難攻不落の山城だ。攻めるとすれば、内部崩壊を狙うのが、一番犠牲が少ない。
「お願いします。上田城は……上田城は、真田の城です」
 必死に何かを請う息子というものを、茂治ははじめて見た。物静かで、無口で、銃の腕は超一流だが、高くを望まず、控えめにとおす息子が、一途に請い願うさまに、渇きかけていた心に温かいものが込み上がってくる。
「ご無事……なのか?」
 出世も、名声も、何も望まなかった息子が、ただ一人と決めた人。
 彼が生きていてくれるのなら、今の苦労など何も辛くはない。
「お姿を確認してはおりません」
 それでもよかった。十蔵がその痕跡を間違える筈がないと確信できる。
「何人か、鉄砲の上手な者を選んで、城外に出させる。お前が育てろ。金は持っているか?」
 所持金は長浜ですべて渡してきたが、春日山で矢沢から渡された分があった。矢沢が昌幸と別れるときに、上杉家に託すためにと預かっていたものだ。上杉家はその金を受け取らず、上田城に戻ると言った十蔵に、上田に残った者のためにと、今度は十蔵が預かってきたものだ。
「それだけあればなんとかなるだろう。忍も幾人か連絡用につける。北条、松平、本多に散ったものたちにも繋ぎをつけてくれるか?」
 上田城は抜け出せない。いつ捨ててもいいかと自棄になっていた茂治だが、これで目標ができた。上田にしぶとく残る。そのためならば、村上に思ってもいないお世辞を言うことだって厭わない。
「頼んだぞ、十蔵」
「はい」
 二人はしっかり頷きあって道を分かれた。

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2009年10月08日

第五章−3−

 明石で一旦船を下りて、甚八たちは食料などの補給をした。
 三日はここで停泊すると聞いたので、幸村たちも船を下りて、久しぶりに宿をとることにした。
「置いていかれたらどうするよ」
 こんな所で置いていかれたら困ると、清海は少しばかり心配になった。
「中国地方を回るのも面白いかも」
 幸村はまったく気にした様子もなく、その時はそのときとばかりに、気軽に漁村の中に入っていく。
 元々あてもなく、諸国を回るつもりだった幸村にとっては、ここまでの日数と足代を稼げただけでも儲けものという考え方だ。それに対して、付いていくと決めた三好兄弟には反論の余地がない。
「この辺りは暖かいな」
 幸村がうーんと背伸びをする。
 播磨の国は、海から北向きに、すぐに山脈が続く。浜からの風と山おろしの風が混じりあい、独特の気候の様だ。それでも信濃よりはずいぶんと暖かい。
「雪が降るのかなぁ」
 信濃ならば、まだそこかしこで雪の残る季節に、ここでは桜の花も散り始めている。
 漁業と林業で主に生活を成り立たせているらしく、田や畑は少ない。
「今までにも思ったけれど、その土地にしかないものというのは、とても重要だな」
 明石の漁港で見たのは、蛸と鯛。それを求めて遠くから買い付けに来る商人が多かった。
 酢漬けや干物にして持ち帰ったり、早馬で届けたりするらしい。
「雪が少ないと、作物を作るのにも余裕があるようだ」
 雪が解けると、大急ぎで田植えの準備をして、雪の前に刈り入れを急く信濃とは大違いだ。
 そう思うせいか、村人達ものんびりとしているように見える。
 道で行き交う人たち同士が笑顔で挨拶を交わし、何かを話しこんでいる姿を遠目で見る。その両目に映っているのは、遥か遠くに離れてしまった故郷の農村だろうか。
「きっと帰れます」
 佐助の短い励ましに、幸村はくすっと笑う。
 一緒に逃げ出してきた少年忍者は、辛い日々にも一切の不平不満を漏らさず、ずっと幸村の傍にいて守ってくれている。
 言葉は少ないが、下手な根拠のない慰めを言われるより、たまにぽつりと『大丈夫』といわれるほうが心強い。
 目標を見失わずにいられる。強く前を向いていられるのだ。
「帰ったら、一緒に釣りをしような」
 海での釣りのしたかは貴龍丸の水夫に教えてもらった。川釣りの仕方はまた違うだろうが、その違いを探していくのも楽しそうだ。
「釣りより、銛のほうが早いです」
 正直な申告に、幸村が声を上げて笑う。
 確かに佐助ならば釣り糸を垂らすより、剣を投げたり、銛で突いたりするほうがうまく獲れそうだ。尖った石を見つけては、魚を獲って食べたことが何度もある。
「食事のためにするのではなくて、のんびりを楽しむために釣りをしたいんだ」
 それは佐助にはわからなかったらしい。何もせずに釣りをするよりは、鍛錬するほうが大切だと思っているのだろう。
「いつかお前にも、だらだら過ごすことを教えたいな」
 そう言いながらも、果たしてそんな日が来るのだろうかという不安は、ずっと幸村の胸にもある。
 故郷を捨てずにいるつもりだが、本当にそこは帰る場所として、幸村を受け入れてくれるだろうか。
 自分はもう異邦人となってしまったのではないだろうか。
 時に決心が大きく揺らぐ。
 幸村たちは山の寺を見つけて、一夜の宿を頼むことにした。
 寂れた寺だったが、幸村たち四人を快く受け入れてくれた。
「最近は戦があるとかで、海のほうが騒がしいですな」
 寺の住職はかなりの高齢で、目もかなり不自由なようだったが、寺の生活に不自由は感じていないようだった。
 幸村たちが持ち込んだ魚をたいそう喜んでくれて、山菜と麦飯をご馳走してくれる。
「粗末で申し訳ありません」
 申し訳なさそうに言われるが、久しぶりに揺れていない床の上で食べられるご飯は、四人にとっては贅沢なご馳走である。
「船もいいんだが、やっぱり大地が一番だな」
 清海はどこかで仕入れてきた酒で、すぐにご機嫌な調子になっている。
「海の戦は長引きそうですか」
 夜はまだ冷え込むので、みんなは囲炉裏のそばに寄ってくる。
「案外早く終わるのじゃないかと思います」
「ほう?」
 薄く光しか見えていない目を幸村に向ける。
「四国のほうの情勢はわかりませんが、羽柴殿の動きを正確に把握しているなら、有利な条件のうちに戦を終わらせるのが得策と判断すると思います」
 住職はぼんやりとしか見えない、まだ声も高い子どもの影が、揺らめく光の向こうで大きくふくらんだように見えた。
「この戦が落ち着いたら、四国へ行く予定ですか?」
 不思議な組み合わせの四人組。大人のほうが子どもに付き従っているように見える。
「特に決めてはいないんです」
 幸村の答えに、住職は見えない目を瞬かせた。
「海戦の様子を見たいなと思っただけで。元々は大坂か安芸の方を見たいなと思ってたんです」
「ずっと放浪をするというわけにはいかんでしょう」
「……えぇ」
 あてはないけれども、いつまでもふらふらしているわけにもいくまいとは思っていた。だが、徳川の追っ手から完全に逃れるためには、信濃から遠く離れなければならず、そうすれば徳川の動きもわからなくなる。
 それを考えれば、大坂は近すぎるような気がするし、安芸では遠すぎる。四国は海を隔てているのでいいようにも思えるが、徳川の動きが全く掴めなくなるように思う。
「四国が落ち着いたら、また拙僧に会いに来てくださらんか」
 住職は小僧に囲炉裏に新しい炭を入れるように頼みながら、幸村たちに再会を望んだ。
「お邪魔ではありませんか?」
 四国ではなく、大坂や中国に行きたがる。話しの端々に、周りの情勢を正確に掴み取っている目を感じる。
 その小さな胸に大きな志を持ち、場所だけでなく時間までも遠くを見つめている視線がある。
 もっと目がよく見えたなら、この子どもの顔を見る事ができただろうにと惜しみながら、見えないからこそ感じる、この子の器の大きさに、手を貸してやりたくなった。
 昔、人から頼まれて世の理を説いて教えた子どもが、同じような空気を持っていた。
 既に成人し、誰もが名を知る武将となった彼に、会わせてみたくなった。彼も今は四国に向かっているだろう。

posted by 高野尾 凌 at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする