疾風の勇士−乱世を駆け抜けて− について

真田幸村メインの戦国時代ボーイズラブ小説です。幸村をモデルに、彼と真田十勇士の活躍と生涯を描いていきます。
ストーリーメインでBL的要素は少なめです。現代風に書いていきますので、歴史に興味のない方でも読んでいただけると思います。
フィクションですので史実、時代考証、地形などは、軽くスルーでお願いいたします。幸村メインですので、敵対する武将については表現上かなり悪く書く場合もありますのでご了承下さい。
説明(1)
第一章(14)
第二章(12)
第三章(14)
第四章(14)
第五章(14)
第六章(2)
史跡(7)
閑話(3)

第一章〜三章◆上田城(少年期)
才蔵×幸村ですが、まだ二人は出会っておりません。

2009年11月03日

第五章−12−

 碁の勝敗の行方は、初盤は置石の六個が幸村を優勢に運んでいたが、待ったを二回使い切ってからは、望月の形勢が明らかに有利となっていた。
 このまま勝負を続けていても恥を晒すだけだとわかって、手を引こうかどうしようかと考え込んだ時点から、望月の打ち方が変わってきた。
 三手を打ち込んでみて、その疑いが確信に変わった。
「手加減をしてくださるのですか?」
 気持ちがむっと尖った。
 子どもの分際で怒るのかと問われれば言い返せないが、最初に力の差だけの先手は貰っている。ここまで来て、手加減をされるのは腹立たしくてならなかった。
「なかなか面白い手を打つので、もっと見たいと思っただけなんだが」
 定石どおりではない、奇襲を織り交ぜ、磐石の囲いにも挑戦してくる幸村の、顔に似合わぬ攻撃的な打ち筋が純粋に面白かった。
 勝気な面も見せられて、望月自身はこの一局を非常に楽しんでいたので、彼を怒らせたのだとしたらきちんと謝罪するつもりはあった。
 その幸村が、突然怒りの表情を崩し、ぷっと吹き出して笑い始めた。
「どうしたんだい?」
 そんにおかしいことを言ったつもりはなかったのだがと、望月は笑いながらもどこか寂しそうな顔の幸村を見つめた。
「すみません、思い出したんです」
 目尻に滲んだ涙は、笑いすぎての涙ではないらしい。
「昔、相手に宣告せずに、自分で勝負の条件をつけて碁を打って、それを見破られてとても怒られました」
「ほう……」
「怒って殴りあいになって、叱られて……、謝って。その相手が、望月様と同じ六郎という名前でした……」
 泣き出しそうな顔をして碁盤を見つめる。酷く辛そうな目。
「その六郎は今?」
 幸村は知らないと首を振った。
「多分、彼の父親と一緒に、どこかに仕官しているのではないかと思います」
「そうか。仲直りは?」
「しました。六郎は俺の兄のようであり、友人のようであり、大切な……仲間でした」
 言い含めて先に越後へ向かえと命じた。
 自分はそこへ行く気などなかったのに。
 そのまま会えずにいる。もう会う事はないだろう。もし会えたとしたら、それはきっと戦場で、もしかしたら敵になっているのかもしれない。
「佐助のように、連れてくればよかっただろうに」
 幸村はやはり首を振った。
「俺と佐助は親を亡くしました。けれど六郎や他の仲間には親がいました。一緒に来ないほうが、彼らのためでした」
 日頃自分の過去については一切と言っていいほど話さない幸村が、ぽつりぽつりと胸に秘めていた過去を話している。六郎という名前がきっかけとはいえ、これはかなり珍しいことだろう。
 しかし、それほど同年代の少年が身の回りにいたという事、佐助という忍がついていることを鑑みれば、やはり幸村は大名級の武将の息子であると思える。
 滅び去った大名も、武田のように大きいところもあれば、無名で豪族と変わらぬ程度の小さなところもある。
 武田か……と考えたところで、はっとした。
 名門武田家は、信玄亡き後、脆くも瓦解した。そこに仕えていた武将たちは、散り散りになって、離散してしまった。その中に、小さいながらも地盤を守り、堅固な城を守った一族がいたではないか。
 その城主は暗殺され、妻子は人質に出され、武将たちも各地に分散されたという噂を聞いた。
 ……まさか。
 息子がいたらしいとは聞いたことがあるが、万が一、目の前の少年が息子だったとして、これほど利発な息子がいたならば、もっとその噂が聞こえてきたはずである。
 ……考えすぎか。
「俺の負けですね。参りました。ありがとうございました」
 幸村はつまらぬ話しをしてしまったとばかりに話しを切り替えて、負けを認めると碁石を片付け始めた。その時、それまで姿を見せなかった佐助が、気配も感じさせずに幸村の脇に降り立った。
 望月には聞き取れぬほどの小さな声で、何かを幸村に話している。短いその報告をしたあと、また佐助の姿は消えた。
「この船に、どこかからの使いがくるようです。俺はできれば会いたくありません。急に船を降りるのは不審に思われますので、どこか隠れる場所はないでしょうか」
 望月は眉を寄せ、幸村を背後の小さな部屋に移動させた。話は聞かれてしまうだろうから、相手によってはこの船室から出ればいいのだと思うことにした。
 幸村が隠れると同時に、扉を密やかに叩く音がした。
 外にいるはずの部下の取り次ぎを介さずに来る相手など、胡散臭くて話しを聞くにも注意が必要だということだと、ますます望月の表情は固く冷たくなっていった。
「誰だ」
 厳しい声で誰何すると、相手はすっと扉を薄く開いた。
 望月は刀を抜いた。
「望月六郎様ですね? 私はこういうものです」
 ざっと殺気立ったのは、幸村を守るためにどこかに隠れている佐助の気配だろうか。だが、相手は気づいていないようだ。望月の警戒心だと思っているのかもしれないが。
 相手が差し出したのは、書状を包んだ袱紗だった。その袱紗の表に、金色の糸で家紋が刺繍されている。
 その家紋を見て、望月は目元を引きつらせた。
「まずは、この書状をご覧くださいませ」
 相手は怯まずに、扉の内側に体を滑り込ませると、袱紗ごと机の上に置いた。
 横の碁盤には、片付けも途中の石が散乱しているが、使いの者は気にしていないようだ。
 濃紺の袱紗に、煌びやかな錦糸の三葉葵の紋が、不気味に蝋燭の光に揺れた。


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2009年10月29日

第五章−11−

 港に並んでいる船の間を回っていると、本当に色々な噂話を聞く。
 その中で一番多いのは、羽柴秀吉が四国を治めた後、どうするかというものだが、関東征伐、九州征伐と意見は大きく分かれていて、非常に興味深い。
 関東の話が出たときに、徳川家康の噂も出るのだが、今はおとなしくしているらしく、全く出方がわからないというものだった。
 しかし、北条と手を組もうとしているだとか、伊達を手懐けようとしているだとか、西に手を伸ばすよりは北を向いていることはよく分かった。
 また羽柴軍の猛者達についての噂や武勇伝もたくさん耳にした。
 その中でも幸村が心を惹かれたのは、今現在、この港にいる望月六郎のことだった。
 小さな武家の出らしいが、特に誰と臣従してきたのではないらしく、今は縁あって黒田家に仕えているらしい。黒田官兵衛についていたらしいが、その才能を見込まれて息子の長政の軍師としてこの四国征伐に参加しているらしい。
 本人は長政については、臣下の礼は取っているものの、内心では不満が大きいのではないかと見られている。
「軍師を置いていっちゃったんですか?」
 子どもらしさもそろそろ無理があるかなと思いながらも聞くと、気楽な問いかけと思ってもらえたらしく、黒田長政と望月六郎の不仲というものを面白可笑しく教えてもらえた。
「坊主、望月殿が欲しいのなら、羽柴殿に目をつけられる前に取っておかないと駄目だぞ。何しろ、羽柴殿は女たらしでもあるが、武将たらしでもあるというからな。とにかく人の気持ちをひきつけるのが旨いのよ。しかも、部下の部下を差し出させるのもうまい。この戦のあとに望月殿の事を聞かれたら、絶対に黒田殿にくれと言われるだろうからな」
 羽柴軍に長くいるらしい武将が、笑いながら幸村に説明してくれた。
「俺が望月殿を召抱えられるわけがないじゃないですか。俺が雇って欲しいほうですよ」
 幸村が戸惑いがちに言う。
「まぁ、常識ではそうだろうがな。なんとなく、坊主ならやってしまいそうな感じがするんだなぁ。お前は、羽柴殿に負けない人たらしの才能が見えるんだわ」
 根津甚八が仲間でもない、まして子どもを船に乗せて航海するなどありえない。
 何者だと思いながらも、つい気を許してしまうのは、幸村の素直な反応のせいだろう。これが少しでも計算が見えたり、媚が覗いたりすれば、どうしても警戒してしまう。そうしたことがなく、気品の良ささえ感じさせる話し方にも好感が持てた。
「じゃあ、俺は生まれてくる家を間違えたのかなぁ」
 幸村が冗談で呟くと、船の上で明るい笑いが起こった。
「なぁに、下克上の世の中だ。数多の武将をたらしこんで、天下を取ってしまえよ」
「無理です。もう天下は羽柴殿がほぼ手中に納められているじゃないですか」
「まだお子様は生まれてないぞ。養子にしてもらえ。坊主ならできる」
「雲の上の人ですよ」
 どこまでも笑い話で済ませながら、幸村は何度も話しに登る望月について考えていた。
 初めて会った印象は、どこか筧十蔵に似たような穏やかな眼差しの人だった。置き去りにしてきてしまった故郷を思い出すのは辛かったが、兄のように慕っていたその人の面影を追い、何度も船を訪れた。
 口調は丁寧で、幸村たちを嫌な顔もせずに迎えてくれるが、その本心は全くわからないというのが本当のところだった。
 ただ、何度か本隊からの使者が行き来していて、興味本位で佐助に追わせてみたところ、黒田長政が望月の知略を自分の手柄にしていながら、煙たく思っているのは事実だとわかった。
 それを感じ取っていないほど鈍くはないだろう。
 あっちこっちをちょろちょろとしている幸村に、向こうも胡散臭く感じたのか、または興味を持ったのか、碁に誘われた。
 望月の出してきた碁盤を前にして、なんとなく彼の力量に察しがついた。
 とても強そうだ。父の打ち筋に似ているように思える。
 だから、最後に父と打ったときの条件を出してみた。
「六石下さい。そして途中、二度だけ、待ったをかけさせてください」
 黒い石を六個。幸村は手前を中心に、守りの布陣を敷いた。
 望月は幸村の六石を、甘く見られたと思ったか、それとも子どもの無謀ととったのかはわからなかった。
 ただ面白そうに幸村を見た。その瞳に暗さはない。
 やっぱり十蔵に似ていると感じた。
「俺が勝ったなら、望月六郎様を所望します」
 右腕が欲しい。戦場ならば佐助がいる。だが、城に残って、安心して任せられる参謀が欲しい。
 この人が……欲しい。
 勝っても、負けても、ここが一つの勝負どころだと、幸村はまず最初の石をぱちりと置いた。

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2009年10月28日

第五章−10−

 幸村の所在を探すには貴龍丸に行けばいいのだが、必ずしもそこにいるとは限らない。
 あちこちの船に顔を出して、手伝いをしている。そこでわずかばかりの駄賃を得たり、食料を貰ったりしているらしい。
 時には教えられた先の船に出向けば、そこで幸村の取り合いをしていることもあったりする。
「あっ、望月様。こんにちは」
 望月の船の修理が終わると、幸村は途端に興味をなくし、望月が誘わない限りは顔を出すこともなくなっていた。
 幸村の何がそんなに気になるのかと自分でも思いながら、他の船の偵察も兼ねて幸村を訪ね歩いている自分に苦笑する。
「今日は俺のところの船ですからね。貸しませんからね」
 同じ黒田軍の船長が顔を出して望月を牽制する。
「見回りに来ているだけだ」
 むっとしながらも、その船に乗り込んでいく。幸村はこまこまとよく働いていた。
 手を休めることなく動かしながら、兵士達の腕自慢話をにこにこと聞いていた。
 あれから何度も、幸村がどこの武将の子か、どこの豪族の子かと考えをめぐらせてみるが、今の時代、城屋敷を失くした者は多く、名門級の武将や大将ともなれば見当もつかなくなるくらい多い。
 そもそも、それほど有能な武士だったのならば、その息子が幼いからといって、手放しはしないと思うのだ。いずれ家督を継いで、優秀な家臣となるに違いないからだ。今でさえあの利発さだ。十歳の頃からその片鱗は見えていただろうと思う。
 考えれば考えるほどに、心当たりがなくなる。
 どの辺りからやってきたのかだけでもわかればいいのだが、あちこちを旅してきたと言うのは本当のようで、色んな土地の話をふってみれば、どこのことでもよく知っている。
 ただ、今より西にいったことはないらしく、北も陸奥や越後辺りまでらしい。それ以北については望月自身も知らないので話の振りようがなかったというのもある。しかし範囲が広すぎる。
 武道については、剣や槍を扱い、銃についても少しは知っている。作法はもちろんのこと、読み書きも十分なたしなみがあり、囲碁や将棋、茶道や舞についても知識はあった。ここまでとなると、もう城持ちか城詰めの武将としか考えられない。
「幸村、暇ができたら碁の相手でもしてくれないか?」
「望月様、暇なんてできませんって」
 子どもを誘うと、その近くから不満の声が上がる。
「何も今日でなくていい」
「えっと、雨が降ったら伺います」
 確かに雨が降れば甲板でできる仕事の手伝いはないといってもいい。
「楽しみにしているよ」
 にっこり笑う笑顔が子どもらしくて、幾分ほっとする自分がいる。
 貴竜丸の船長である甚八とも、幸村を訪ねる間に顔見知りになり、何度か言葉を交わしたが、幸村については何も知らないようだった。
 幸村を乗せる経緯についても話をしたが、全部正直に話してもらったとは思っていない。
 甚八は以前、徳川軍の助成を断り、その報いとしてかなり酷い扱いを受けたと聞いている。今でも徳川の軍船のみならず領域の商船にさえ敵愾心をあらわにする。そのせいで余計にこじれてしまっているのだが、羽柴軍にとっては信用の置ける相手という事で、便利に使われることも多いのだから、損はしていないのだろう。
 甚八は幸村のことは可愛がっているようだが、自由に動き回ることに異は唱えず、好きにさせているようだ。
 何故だか、幸村と距離を置きたがっているように見受けられる言動もあり、望月に対しても「はまるなよ」とにやりと笑う。
 そういう意味ではもうはまっていると自覚している。
 そして甚八も同類だと思うのだ。
 甚八の船に三好兄弟がいたというのも、望月には驚きの事実であった。
 足利の残党から野党になっただとか、どこかで野垂れ死んだとか、噂は聞いていたが、三好兄弟といえば僧崩れでありながら腕のよい武士だったと噂はあった。その二人が幸村の配下の様に振舞っていることは驚きを通り越して呆れてしまう。
 そしてその二人も、幸村の行動には素知らぬふりだ。むしろのんびりと船旅を楽しんでいるかのようだ。
 上陸戦に混じるなら、いくらで雇われてやってもいいなどと、幾人かの武将と交渉もしているようだ。それについて幸村が止めることはなく、ばらばらになってしまうのではと聞いたら、落ち合う場所だけを決めておけばいいんだと平気だった。今までにもそうしてきたらしい。

 それから二日後の雨の日、幸村が訪ねてきた。
 船室でごろ寝をしていた者たちに、乾菓子などを貰いながらやってきたようで、手にはいくつもの戦利品を持っていた。
「その菓子を賭けないかね?」
 碁盤を出しながら賭けを持ちかけてみる。
「子ども相手に賭けですか?」
 自信がないわけではないようだ。だが、望月も馬鹿にしてもらっては困ると思っている。例えどれだけ賢しいとしても、所詮は子どもである。負けるわけにはいかない。
「もちろん、置石をさせてあげるよ。何石欲しい?」
 幸村は黙って碁盤を見つめていたが、すっと顔を上げて望月を見つめた。
「六石下さい。そして途中、二度だけ、待ったをかけさせてください」
 幸村の目に自分はどれだけの強さに映ったのだろうと興味が湧いた。
 それがかなりの腕の差と思ってもらえたのか、それともそれだけあれば余裕で勝てると思われたのか。
「俺が勝ったら、何が戴けるのでしょう」
「欲しいものを言いなさい。私の裁量で渡せるものならば、望のものを差し出しますよ」
「本当ですか?」
 幸村の目が好戦的に輝く。やはりこの子は武士の子だ。
「あぁ、いいよ。何が欲しい?」
「望月六郎様を所望します」
 はっきり、きっぱりした返答に、望月は虚を突かれながらも、やはりこの子は只者ではないと、胸が勇躍する気持ちで高鳴ったのだった。

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2009年10月20日

第五章−9−

 四国の地図を見せてやると、幸村は食い入るようにそれを見つめた。
「長宗我部軍の本拠地はこの辺りだ。羽柴軍は順調に城を落としながら、攻め込んでいっているようだ」
 駒を置き、指でさしながら説明すると、真剣な眼差しで見入っている。
「地図の見方はわかるかい?」
 あまりにも何も言わないので、かえって心配になる。
「わかる……と思います。ここらが高い山があって……四国にも大きい川がありますね」
「四万十川だ。川や山は天然の要塞だからな。まず、地理を知らないと、勝つものも勝てない」
 こくりと頷く様子に、やはり戦略というものを知っていると感じる。
「お前達の親はどうした?」
 貴龍丸に乗っていることは知っているが、親の話しは聞こえてこなかった。そもそも名乗ったときも苗字を告げなかった。
「戦で死にました」
「二人とも?」
「はい」
 幸村は平然と頷いて、まだ地図をじっくりと見ている。
「君は侍の子だろう? 苗字はなんという?」
「さぁ。父は足軽で、仕える相手によって適当に苗字を変えていました。本当は侍ではなかったのかもしれません。だから本当の苗字は知りません。最後に名乗っていた苗字ももう忘れてしまいました」
 すらすらと出てくる説明は、今までにも何度も繰り返してきたのだろうと思われた。何の矛盾もないかわりに、感情も入っていない。
 けれど幸村の所作が、言葉遣いが、ただの足軽の子どもではないと語っている。
「それで二人で貴龍丸の世話になっていると?」
「貴龍丸に乗ったのは春からです。それまでは二人で旅をしてきました」
 あっさりと言う幸村に、戸惑いのほうが大きくなる。
「二人で? 何歳から?」
 幸村は地図から顔を上げて、望月をじっと見つめてきた。
「十歳からです」
 戦国乱世のこの時代、浮浪児は多い。だがその多くは物乞いをしたり、徒党を組んで盗みをしたりで糊口を凌いでいる。ある程度大きくなれば、人足として雇われてその日暮しをしたり、芸人や職人について弟子入りをしたりすることもあるが、そうして手に職をつけられる浮浪児はかなり少ない。
 だがこの子達は着ている物は粗末なものだが、生活に摺れてはおらず、意志の強い瞳の光を失っていない。立ち居振る舞いも、幼い頃に身につけた品の良さが消えていない。消せずにいるのだろうと思われる。
「どのようにして生活の糧を?」
「村々で仕事を貰ったり、野山で狩りをしたりしました。よほど寒い冬以外、そう辛くもなかったですよ」
 船員達の間に難なく入り込み、かわいがられている様子を見たので、どこでも同じように過ごしてきたのだろうとは思えたが、それでもこんな子どもたちではどれほど過酷だったろうかと慮る。
「これからどうするつもりだ?」
 幸村の様子を見れば、もっと良い場所で働かせることも可能だと思えた。自分の主はどうしようもない人物だが、その父親のほうに任せれば取り立ててもらえるだろう。
「決めてはいません。四国征伐が終われば、貴龍丸の泊まった場所次第です」
「どこか仕官先を探すつもりは? そろそろ元服してもいい年だろう? なんなら世話をしてもいい」
 幸村は困ったように視線を落とした。
 喜ばれこそすれ、困られるとは思ってもみなかった望月は、幸村の返事をじっと待った。
「行きたいところがあるので、どこにも仕官するつもりはありません」
 申し訳ありませんと頭を下げられた。
「行きたい所とは、どこだい?」
 その目的に猛烈に興味が湧いた。
 放浪しながらも目を曇らせず、挫けることなく先を見つめる少年。
 彼が何かを見つめているのかを知りたくてたまらない。
 幸村はまっすぐに望月を見つめてきた。
「今は言えません」
 嘘をついたり、誤魔化したりすることを拒否し、けれど決意を明かせないことを悔やむ目が、望月を捉える。また彼に引っ張られるような、強大な力を感じた。
 それ以上の追求は、二人の間にある空気を壊すものだと判断した。
「いつか、言う気持ちになったら、聞かせてくれるかい?」
 久しぶりに心が高揚した。わくわくする。
 この人こそと決めた人から頼まれた仕事は、息子の教育だった。あの人の息子ならばと思ったのは束の間、若様と煽てられて育てられた主は、あまりにも世間に対して甘かった。
 それこそ教育していくものだと踏ん張ってはみたが、その意図を汲んでくれる主ではなかった。
 この子と同じくらいの年から付いてきて数年、今では煙たがられるだけの存在になってしまった。
 この子が主だったならば……と思いかけて、自分の考えに苦笑する。
 城どころか家も持たぬ子どもに何の期待を抱いたのだろうか。
「また遊びに来てもいいですか?」
「いつでもどうぞ。船の修理も見て行っていいですよ」
 許可を与えてやると、幸村はとても嬉しそうに笑った。
 どくんと胸が高鳴った。
 あぁ、きっと、自分は近い将来、主を捨てるだろう。
 そんな思いがこみ上げてきて、眉間による皺を隠すのに苦労した。
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2009年10月17日

第五章−8−

 港につけられた桟橋で、ちんまりと座って船を補修を熱心に見つめている二つの影に気がついた。
 一人はあまり興味がなさそうだったが、もう一人はもっと近くで見たいようで、うずうずとしている様子が伝わってくる。
 まさかこんな場所で、このような少年が、敵の偵察などということもないだろうが、見過ごして通り過ぎることは出来なかった。
「船に興味があるのかい?」
 子ども相手ということで声はいくらか優しくしたつもりだったが、振り向いたその仕草で、興味の薄い方が忍の者であることはわかった。さっともう一人をかばおうとする態度も、忍の性だろう。
 そしてかばわれた方を見て、望月はぐっと心を引っ張られるような錯覚を覚えた。
 見上げてくる澄んだ瞳の眩しさ、整った表情の中の聡明さ、凛と立つ姿勢の上品さ。どれ一つをとっても、只者ではないものを感じさせる。
「俺が幸村、これは佐助と申します」
 正式な名乗り方ではないものの、目上の者に対する態度も堂に入っている。ただの少年が、ひとかどの武将を相手に動じることなく名乗りを上げることはなかなかに難しいものだ。慣れているのだろうか。
 そこで最近噂になっている少年兵の話を思い出した。
 明石についてから雇った支援船が襲われて、その貴龍丸では少年兵が大活躍をしたというのだ。
 その少年は、自分の活躍などまるで知らぬように、好奇心丸出しで船の補修などを眺めている。本当に子どものように目を輝かせて。
 この少年をより知りたくなって、船へと誘ってみた。
 もっと身近で見られるなら、誘いに乗るだろうと思ったら、予想より簡単に釣れてしまって、かえって拍子抜けしてしまう。
 こんなに警戒心がなくて大丈夫だろうかと、反対に心配になってくる。
 望月の内心など知らぬように、幸村は船に乗せてもらうなり、船首のほうへと駆け寄っていった。そこの損害が、外見よりも酷く見えたからだ。
 邪魔にならない場所を選んで作業の様子を見守る幸村を、少し離れた場所で見つめる。
 お付きの忍者は、主の少し後ろからあたりを油断なく見守っている。
 作業をしている兵士達は、望月が側に立っていることで何か指示があるのかとちらちらと見遣ってくる。
「この子達が見学をしたいそうだ」
 別に監視をしにきたわけではないと断りを入れると、今度は少年達を不思議そうに見る。しばらくは仕事にならないかと思っていたら、陸のほうから名前を呼ばれた。縁から下を見ると、主の旗をつけた早馬がやってきている。
 置き去りにしたくせに、何か困ったことがあるとああして早馬を送ってくる。敵に見え見えの行為で、腹立たしいことこの上ない。
 けれども無視をすることも出来ず、自由に見ていなさいと言って下へ降りた。
 早馬の用事は、予想以上にくだらないことで、こんなことで戦地で指揮を取っていられるのかと暗澹たる気持ちになるが、近習たちに十分に含めてあるので、それほどの失態はないと思いたいところだ。
 その場で返事を言いつけて船に戻った。
 少年達を探すと、つい先ほどまでいた場所に二人の姿がない。何処に……と首をめぐらせると、彼らは板を運んだり、道具を手渡したりと、兵士達の手伝いに勤しんでいる。
 補修をしている兵士は、元々は船頭の出で船には詳しく、幸村に聞かれるままに船首のこの部分が一番大切だとか、船の仕組みや名称などを得意げに喋っている。
 これがまだ船のことでよかったと、望月は本気で胸を撫で下ろした。
 あの調子では、ついつい口が滑って、黒田軍の内部事情まで暴露してしまいかねない。
「二人とも、茶でもどうだ? 船の中も見せてやろう」
 兵士から引き離すつもりで声をかけた。
「え、望月様、こいつらすぐに返してくれますか?」
 当然のように返せといわれて、望月のほうが驚いてしまう。
「役に立っているのか?」
「そりゃもう。いちいち説明しなくても、必要な道具を手渡してくれるんで、弟子にならないかと誘っていたくらいで」
 利口なだけでなく、目端の利く子どものようだ。子どもだとは言っても、早ければもうそろそろ戦場に立つこともあるくらいの年頃ではあるが。
「その子たちは貴龍丸の乗組員だぞ。誘うならあそこの船長に言え」
「えー、甚八の手下に手を出しちゃあ、こっちの船が沈められるなぁ」
「甚八を知っているのか?」
 兵士の言葉にみなが笑い、幸村が興味深そうに聞き返す。
「この辺りであいつの名前を知らない奴はいないよ」
「へー、本人が言うように有名だったんだ」
 幸村がおかしそうに言うので、その場がどっと受けた。
「さぁ、船の中へ来なさい。四国の地図を見せてやろう」
 今度こそ強く幸村の興味を引けたらしい。持っていた道具を兵士が取りやすい位置に置いてから、とことこと望月の側までやってきた。
「四国って大きいですか?」
「とてもね」
 返事をしながら、船室へと入れてやった。


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posted by 高野尾 凌 at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする