痩せた背の高い男と小太りの背の低い男の組み合わせは、町で見かければ面白可笑しい比較だったが、こんな山奥の曲がりくねった道の、さらにそれを見下ろす大岩の上に立っている姿は、なにやら尋常ではないように感じられる。
事実、二人は見下ろした峠道に、ちょうど通りかかった人影を見つけて、にやりと笑った顔を見合わせて頷いていた。
「あれはまだ子どもじゃねぇか」
「しかも二人だけ。大人はどうしたってんだ」
「後から来るんじゃないか? ちょっとした遠出に、子どもがはしゃいで先走ったっていうところか?」
そんなふうに子ども達を詮索していると、二人は木の枝を振り回しながら、陽気に歌い始めた。
「なるほど、あとから親がやってくるのか。人質にはちょうどいいな」
「軽く縛って、泣き喚かせりゃ、金目のものは喜んで差し出すだろうぜ」
頷きあって、男達は身軽に岩から飛ぶように下りていった。
二人の少年は、峠の頂きに差し掛かったところで、ぴたりと歌うのを止めた。
口を閉ざし、杖にしていた棒をすっと脇に挟む。
一人が右足を引き、もう一人が左足を引く。自然と背中合わせになった形で、ゆっくりと腰を落とした。
「おいおい坊っちゃんたち。山道は危ないって、親に注意されなかったのかい?」
「そうそう。勝手に先に行っちゃ駄目って言われただろ?」
道の脇の繁みから、男達が出てくる。着ている物は僧侶の着物で、手に持っているのも錫杖だが、無精ひげと伸び放題のざんばら髪では、どう好意的に見ても僧侶には見えなかった。
二人は前後を挟むようにして、少年たちに近づいてきた。
「何者だ。我らは金銭など持っておらぬ」
目鼻立ちのくっきりした、賢そうな少年が口を開いた。着ている物は少しばかり汚れているが、薄汚いという印象はない。二人を見る眼差しにも曇ったところはなく、恐怖の色も見えない。
もう一人の少年は、少し幼い感じがするが、その目元はきつい光を放っていて、油断を感じさせない。じりじりと相手を守るように、にじり寄っているのに音がしないのだが、二人は子供だけと見くびっていたので、そんなことに気づいていない。
「気の強い坊ちゃんだな。おとなしく捕まって、泣き声をあげてりゃ、痛いことはしねーよ」
「そうだぞ、母ちゃーん、父ちゃーんって、泣けや!」
言うや否や、背の低い小太りのほうが掴みかかってきた。ひょろ高いほうは、逃げ道を塞ぐように両手を広げて笑っているだけだ。よもや逃げられるとは思ってもいないようだ。
ひゅんと視界を何かが横切った。小太りの男の伸ばしたては宙を掴み、支えを失ったように前のめりになる。
その背中にばしっと鋭い音をたてて、激しい一撃が襲った。
ひょろ高いほうが、呆気に取られてその光景を見ていた。いや、何もかもが一瞬で、見ていたはずなのに、気がつけば相棒が背中を打たれて、倒れこんだという事実だけが目の前にあったというほうが正しい。
「この……がきー!!」
頭に血が上って、いつの間にか少年が一人きりになっているということに気がつかず、男は少年に挑みかかった。
手にしていた錫杖を、子ども相手ということも忘れて振り下ろした。
その錫杖は、少年が杖を横向きに低く構えて受け止められてしまい、驚く男が見つめる目の前で、少年は涼やかに笑みを浮かべた。そのとたん、ばしっと足元に小石が当たる。正確に飛んでくる飛礫は、踏み込んだ右足だけを正確に狙い、男がよろめく。
がしゃんと錫杖が鳴って、押し戻される。少年がくるりと杖を背中に回すように体を回転させたかと思うと、二人の杖を繋ぎ合わせたそれは、一本の長い槍になっていた。
脇から前方へ、背中へまた脇へとその槍がくるりと返って、少年は両手で槍を構えた。
もう一人は石飛礫の方角から考えると、どこか頭上にいるらしいが、姿がまったく見えない。
小太りのほうもようやく起き上がり、二人揃って憤怒の表情で錫杖を構えた。
「くそがきめ!」
「何者だ、てめーら!」
ぎらぎらと怒りもあらわに、二人が踏み出してくる。
少年はふわりと下がったように見えて、槍を突き出し、二人がそれに向かってくると、槍を引いて飛び退る。その足元に今度はぱちぱちと鳴る癇癪玉が飛んでくる。
驚く二人に槍を突き出した少年は、二人が同時に飛び避けたところに槍を突き刺し、それを支えにくるりと飛び上がった。頭上を少年が跳び越していく。
前後が入れ替わり、男達は慌てて、錫杖を突き出そうとするが、少年のように上手く方向を変えられず、互いに杖同士を打ってしまう。
「くそったれ、ふざけんな」
「もう一人も出て来いやー!」
二人がやけくそで叫ぶと、少年はおかしそうに笑う。子どもらしい笑顔で。
「子どもだからって侮るから、こうなってしまうんだよ。おじさんたち、最近この辺に出てくるっていう噂の山賊だね?」
「だったらどうした」
「こっちも本気でいかせてもらうぜ!」
子ども相手というからかい半分は止めることにしたらしい。
確かに本気になった二人は、息を合わせて、巧みな攻撃を仕掛けてくる。
けれど目の前の少年は、踊るような身のこなしで、するりと攻撃をかわし、鋭い一撃を浴びせてくる。
そして姿を隠したもう一人は、まるで少年の心理が読めているかのように、合間合間に男たちの動きを止め、調子を崩す絶好の補助攻撃を仕掛けてくる。しかも単調な石飛礫だけというのではなく、癇癪玉や煙玉、時には目を射るような破裂玉まで飛び出てくるので気が抜けない。
しかし、さすがに相手は子どもだ。こちらより早く息が上がり始めている。
肩で息をする少年を見て、二人はとにかく落ち着こうと顔を見合わせた。
少年たちも阿吽の呼吸で攻撃をしてくるが、男達だって一緒に育ってきた兄弟だった。言葉は交わさなくても、相手の言いたい事くらいはわかる。
二人が息を合わせて、突きの激しい攻撃を繰り出すと、身の軽い少年も避けるだけで精一杯になってきた。
「そらそらそらー!」
「早く降参して、親を呼べ!」
叫んだ時、しゅっと細いものが錫杖に絡みついた。小男の方の杖が止まる。
「投げ縄も有りか」
ぎりぎりと引き絞られる錫杖を離すまいと握りしめる。
こちらが踏ん張る限り、相手の片手も奪われたも同然だ。いくらすばしっこくても、相手の力は所詮は子供だ。封じたのは片手ではなく両手だろう。
勝負はこちらに傾きかけていると男たちが思った時、きゃぃーきゃぃーと獣の声が辺りに響いた。
きゃきぃー、きゃきぃー、ぐるぅぐるぅという吠える獣の声は、人として普通に持っている恐怖心というものを呼び起こさせる。
何事かと、油断はしないまでも、不安げに辺りを見回した男達は、驚異の光景を目にする。
少年の背後、自分たちの周りに、きゃーきゃぃー、ぐるるぅーぐるるぅーと牙をむき出しにして吠え鳴く、猿や狼の姿を見つけた。
山道に獣の姿は珍しくないが、少年を守るように、自分達に向かってくる低い姿勢はどうしたというのか。
獣達に囲まれ、男達は恐怖に顔を歪ませた。