2009年09月01日

志紀長吉神社

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大坂夏の陣のとき、道明寺の戦いから天王寺に引き上げる途中で、戦勝祈願をした神社。
六文銭の旗が奉納された。
六文銭の模様の勝守りという御守りがあります。
8月29日土曜日にお参りして来ました。
実は、5月に行こうとしたら、道が細くて車で行けなかった。今回は地図を調べて、再チャレンジ。あっさり広い道を見つけられた。参道も境内も綺麗です。
近くには、家康を仕留めようと地雷を仕掛けたお地蔵様があるらしいですが、住所を控えてなくてナビに打ち込めず断念。またその内に行こうと思います。

志紀長吉神社のホームページ
http://shikinagayoshi-jinjya.org/index.html


posted by 高野尾 凌 at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月12日

安居神社

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幸村戦死の地。
大坂夏の陣で、天王寺まで引き上げてきた真田隊。赤備えで炎のごとく徳川本陣に討ち入ること三度、家康の馬印を倒すも、一歩届かず、安居神社の松の木で休んでいるところを討ち取られる。
現在のさなだ松は二代目。
石碑もありますよ。
場所の目印としては、四天王寺の近く、一心寺の正門の向かいです。
安居神社は天満宮で学問の神様で、六文銭の合格祈願絵馬があったので、受験生の息子の合格祈願をした。御守りも戴いてきた。
posted by 高野尾 凌 at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月18日

樋ノ尻口地蔵

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大坂夏の陣の時、道明寺の戦いから大坂城に引き上げる途中の幸村は、平野のこのお地蔵さんのところで、家康が休憩をとるだろうと、地雷を仕掛けた。
狙い通り、徳川軍はここで休んで、地雷は爆発したのだが、たまたま家康はその場を離れていて難を逃れたという。
ちっ。
その爆発でお地蔵様の首は300メートル離れたお寺まで飛んだという。
全興寺にお地蔵様の首は安置されていて、毎年8月下旬に二日間だけ公開される。
地蔵からお寺まで、私の足で500歩。結構遠い。でも遠慮せずにもっと地雷を大きくしていたらと思った鬼畜な私。
posted by 高野尾 凌 at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

茶臼山

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天王寺に行ったので、安居神社にお参り。茶臼山の周りを回って行こうとしたら、石碑発見!知らなかった。
文字が小さくて読めないですね。幸村の名前もありました。徳川本陣に攻め入ったことも。


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安居神社の前の道路は国道25号線で、奈良街道と重なる部分が多いです。茶臼山の脇が一心寺で、25号線を挟んで安居神社です。
携帯の写真なのでわかりにくいですね。
真っ直ぐなのが25号線表記で、奈良・杭全方面と書いてあります。杭全は幸村が道明寺の戦いから引き上げるときに古市街道を通ってきて、その古市街道と奈良街道の合流地点付近です。

大坂夏の陣で、幸村は道明寺・誉田あたりに布陣し、応神天皇陵の南側あたりだったようです。
そこを引き上げるときに、陣営の場所と、当時の街道と、幸村が帰途に寄った志紀長吉神社、樋ノ尻口地蔵、最終地点の茶臼山を考えると、古市街道をとおり、合流地点からは奈良街道を通ったと思われます。
posted by 高野尾 凌 at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

誉田(こんだ)の戦い―夏の陣

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大坂夏の陣、誉田の戦い(道明寺の戦い)の石碑。
大阪府羽曳野市の誉田八幡宮境内にあります。
点在する古墳などの位置から推察すると、この辺りに真田軍が布陣したと思われます。
ここで伊達政宗と対決したんですねぇ。

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石碑の横に「大坂の役真田幸村」の文字が読めます。写真だと判りづらくてすみません。

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説明の看板ですが、そこには幸村の名前はありませんでした。


ここから天王寺茶臼山に引き上げるのに、通った道をたどってみたいです。
布陣の図を見ると、真田軍が殿(しんがり)を取ったと思うんですが、確実な資料がわからなかった。ただ、あの有名な挑発台詞は、どう考えても最後尾だろうなと。
posted by 高野尾 凌 at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

大坂城


大坂城。
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築城時は大坂と表記されていたので、正確には大坂城のはず。

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大坂夏の陣屏風展をやってました。赤備えが真田隊ですね。鹿角の兜が幸村です。

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ミニチュアの幸村も可愛かったので撮ってきた。

天守閣の一番上は思ったより狭かった。今はビルばかりが見えるだけですが、当時は大阪を一望できたでしょうね。
天下人の気持ちを実感できたと思われます。
環状線森ノ宮を降りたら、けっこうな散歩となりました。天守閣目的の方は地下鉄谷町四丁目駅がいいかと思います。


今日は天満橋のほうに用事があったので、この機会に!と大坂城に。っていうか、そんなに意気込まなくても、近いからいつでもいけるはずなのに(^^;) いや、けっこう遠いものです。

森ノ宮で降りて、天守閣に登り、天満橋に抜けたので、ちょうど大坂城の外側を半分歩いたことになります。けっこう歩いた。
しかも私、誰にも聞かず、天満橋の目的地まで地図を見ていけたよ!
地図を見れる女になったよ! 成長したよ!
本当に方向音痴なんです。でも、大坂城の周囲には、これでもかっていうほど地図があって、本当に親切です。遠くから来られた方でも余裕でまわれると思います。
ぜひ、天下人の気持ちを一度味わってください。
posted by 高野尾 凌 at 16:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月04日

映画村

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映画村の戦国時代祭に来ています。
入ってすぐに半兵衛と慶次に遭遇。テンションは上がりますねぇ。
カプコンのブースでPSPの壁紙をもらい、入り口の幸村に見とれてたら、横を幸村と政宗が通りました。
ここは夢の世界か。

本来の目的は、信之と信繁兄弟のお話を聞くこと。寺子屋で1時間のお話は濃かったです。
知っているエピソードがほとんどでしたが、自分とは違う視点の話とかを聞かせていただくのはとてもためになります。
まぁ、私は「幸村」メインに勝手な解釈を付け加えまくりなので、暴走しないように気をつけなくてはと、気を引き締めてきました。
でも、書いちゃいますw 楽しいし。色んな幸村観が増えていったら楽しいなと思うので。

その後、男性陣コスプレの、御館様、幸村、東西アニキを見つけて写真を撮らせてもらったり、染め衣装コンビの瀬戸内にもお願いしたり。
マジ帰りたくない。
今日、知らずに来た人もいて、子供たちはナルトのサスケや銀魂の銀時さんを見つけては、興奮してました。

女性の元親のコスプレの人が、かっこよくて、綺麗で、恋に落ちそうになりましたよ。ポーズも決まってましたねぇ。
posted by 高野尾 凌 at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする