2009年11月26日

第六章−2−

 四国を制圧して、羽柴秀吉は姓を豊臣と変えた。
 まだ九州を平定はしておらず、関東もいつ反旗を翻すのか分からない状況ながらも、ほぼ天下を統一したことになる。
「これから戦のない世の中になるんだろうか」
 誰もが期待半分、不安半分の顔を見合わせては囁き合う。
「だけど、九州のほうはまだだろう?」
「北条も伊達も臣従したとは言えないらしいぞ」
 平和になったと思いたい、けれど不安は拭いきれない。何しろ、戦乱の時代が長すぎた。平和な時代を知らないのだから仕方がない。
 それでも備前から安芸にかけては平和だった。
 小早川、吉川の両家を率いる毛利も四国に向けて水軍を出していたが、内地からの徴兵は少なく済んだ。田や畑の実りも多い。
 幸村たちはちょうど刈り入れ時期の農家を手伝いながら手間賃を貰い、少しずつ西に向かって進んでいた。
「秋だというのに暖かいな」
 少し作業をすれば汗ばむなど、信濃では考えられない気候だ。
 もう上田は雪の準備をしている頃だろうか。上田を離れてから何度目の冬だろうかと考える。
 まだ戻る目処もたたず、どんどん離れてしまっている。
 どうすれば帰れるのだろうかと、道を見失いそうになる。
 安芸の国に入ったとき、年が明けて、幸村は十五になった。
 本来ならば元服をして、自分の兵隊を持ち、初陣につく年齢である。
 幸村は白い息を吐きながら、街道を振り返った。信濃は遠い。早馬で駆け続けても五日以上はかかるだろう。
 一度戻ってみようか。近くに行って様子を見るだけでも。
 その逡巡が何度も幸村の足を止めた。
「疲れたか? もうすぐ宿場町に入る。そこで宿を取ろう」
 強く後ろ髪を引かれる幸村を気遣い、清海が励ましてくれる。
「大丈夫だ」
 幸村は力なく笑い、また足を踏み出す。
 自分のできる事を探すのだ。
 それしか帰れる道はないのだと言い聞かせる。
 なだらかに続く山道にさしかかると、向かい風が強くなってきた。宿場町までの距離を考えると、急いだほうがいいとわかっていながら、きつい風に足が鈍り始めた。
「幸村様、大丈夫ですか」
 佐助が足を止めた幸村を振り返った。わずかだが幸村の足取りと息遣いに乱れを感じたのだ。
「大丈夫だ」
 笑って答えるその顔色が心なしか青い。
「休みましょう」
 心配そうに佐助が休憩を取るように主張する。
「何を言う。こんな所で休んでいたら、日のあるうちに宿場につけない」
「しかし……」
 忍にとって主の言うことは絶対である。けれど、主の体に異変を感じたら、その絶対の掟も守り続ける限りではない。
 佐助がここまで粘ることも珍しく、三好兄弟は顔を見合わせた。
「やせ我慢をしていてはいかん。本当に具合が悪いなら、農村があるうちに、屋根のある場所を探したほうがいい」
 清海も幸村の顔色が気になって、休むように言うが、幸村は大丈夫だと繰り返すばかりだ。
 実際に佐助が気づかなければ、清海も伊三も見逃す程度のことだったので、どうしたものかと迷う。
「本当に大丈夫だ。辛くなったら、そう言う」
 そんなことを話している間にも、日の傾きが深くなっていく。
「本当につらくなったら言え。背負って行ってやる」
 清海に言われて幸村は苦笑して頷いた。
 けれど、幸村の足はだんだん遅くなっていく。
「幸村様……」
 とうとう堪えきれずに、佐助がもう一度呼び止めた時、幸村は腹部に手を当てて、ゆっくりと膝を折った。
「幸村様!」
 佐助があわててその体を抱き止める。
「おい! 大丈夫か!」
 清海と伊三も駆け寄って、体の大きな清海の膝に仰向けに寝かせた。
「どこが痛みますか」
 佐助のほうが病人のように青い顔で幸村を覗き込む。
「腹が……大丈夫だ……、少し休めば…歩けるように……」
 両手でお腹を抱え込むようにして倒れたので、腹痛だとはわかったが、手当てをしようにも、周りには本当に何もなかった。
 佐助は腰に巻いた袋から丸薬を取り出すが、そこに目当ての物はなかったらしい。乱暴に袋を元に戻すと、くるりと辺りを見回した。
「薬はないのか?」
 伊三が尋ねると、佐助はゆっくりと頷いた。
「この辺りの山、薬草、あると思う。探してきます。あそこ……」
 佐助は畑の端に見えた農作業小屋を指差した。
「あそこで、風、凌いで、待っててください。すぐ、戻る」
「あ! おい!」
 言い置いて、佐助はすぐに姿を消した。
 二人に幸村を託し、自分にできる最善の方法を取ったのだろう。
「動かして大丈夫だろうか」
「多分、疲労とこの風で体が弱ったのだろう」
「確かにな。風を避ける必要はあるな」
 清海が幸村を横抱きにして、伊三がみんなの荷物を持って、作業小屋に移動した。
 元々人が住むようには建てられておらず、隙間風が入っては来るが、二人の衣類を貸してやると、それほど寒くはないようで、幸村は体を横向けにしておとなしく寝ている。
 時折、歯を食いしばるようにしているのは、差し込むような痛みを感じるからだろうが、その痛みを訴えることはない。
「水を飲むか?」
 伊三が気遣いながら声をかけるが、幸村は弱々しく首を振るだけだった。
「佐助が戻るまで待ったほうがいいだろう。薬草を煎じるのにどれだけ必要かもわからんし」
 清海の指摘に伊三も小さく頷く。
 いくら足の速い佐助でも、薬草を見つけて戻るにはかなりの時間がかかるのではないか、それよりは近くの村に医術の心得のあるものがいないか探しに行ったほうがいいのではないかと不安になった頃、作業小屋の扉ががたがたと揺らされた。
 咄嗟に二人が背中に幸村をかばって扉を振り返ったとき、一人の女性がびっくりした顔で、室内の二人を見つめていた。


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posted by 高野尾 凌 at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 第六章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
戦国武将が好きで読みました。
色々と違うと思う所はありましたがとっても楽しく読ませていただきました。
早く続きが読みたいと思っています。
大変だと思いますが頑張ってくださいね。
Posted by ゆず at 2010年02月02日 02:03
はじめまして、矢八丸(ヤハチマル)と申します。

最近真田十勇士にはまって十勇士を取り扱った作品を古本屋で見たらまず手に取る程です(笑)
こんな勢いでネットを駆け回っていたらここに巡り会いました。

幸村いい子だわ佐助可愛いわ望月格好いいわもうみんな素敵過ぎて…私は真田軍の足軽になりたい。
今後の展開が楽しみです。
色々とお忙しいのでしょうが、頑張って続けてほしいなと思います。

長文失礼しました。
Posted by 矢八丸 at 2010年07月27日 00:01
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