2009年11月06日

第五章−14−

 大坂、堺、須磨、明石とどこも羽柴軍の軍艦でいっぱいの状態だった。
 霧隠才蔵はその中に足軽としてもぐりこんでいた。
 少しばかり稼いでさっさと離脱するつもりだったが、果たして手柄を上げられるほど戦が続くだろうかとかえって心配になった。
 その時は京にでも行って、何かしらの仕事を探せばいいかとあまり気にもかけていなかった。
 浪速のほうで、服部半蔵配下の忍を見かけたが、むこうは才蔵のことを知らなかったらしく、わずらわしいことを言われずに済んでほっとした。
 服部の忍は武将の姿をとって、小さめの商船に乗って四国に向けて漕ぎ出していった。
 いったい何を企んでいるのだろうかと興味が湧いたが、余計なことに関わってまた半蔵に話しかけられるのもうんざりだと思い直した。
 戦場では敵の情報収集をするために忍は危険な任務にもつくが、あのように侍の格好をして出て行くのはあまり良い仕事とは思えなかった。
 多分交渉事だろうが、あのように忍の気配を隠せていない使者が来ては、相手によってはかえって腹を立てるのではないかと心配してやる。
 半蔵が自分で行けばいいのだろうが、あれほど目立つ傷のある顔では、目だって仕方がないので出られないのだろう。
 忍にとって、傷はあって当たり前のものだが、顔に傷を作ることはあまり善しとされない。今のように請け負えない任務が出てくるからだ。
 特に気にしていたわけではなかったが、半蔵の部下の船はすぐに戻ってきた。
 こっそり抜け出し、闇にまぎれて後を追ってみた。
 遠くまで行かれると厄介だと思ったが、忍はすぐに半蔵と合流した。
「駄目でした。書状を開きもしないありさまで。徳川様を愚弄しているとしか思えません。それにあの程度の軍師ならば、吐いて捨てるほどおりますよ。性格に問題がありすぎます」
 愚痴をくどくどと漏らしている。
 いったい、忍の躾はどうなっているのだと溜め息をつきたくなる。任務についてそれを果たせず、相手の愚痴を吐くことを許すなど、一流の忍ではありえない失態だ。
「いずれ後悔するだろうさ。家康様には俺から話しておく。ご苦労だった」
 ぷっと吹き出しかけて息を止めて堪える。
「後悔はしたことがないので、してみたいと言ってましたよ!」
 どうにも交渉は失敗というだけではなく、決裂と言っても良い状態だったらしい。
 続けて交渉の機会を持てるようにするのが、今後の成功の鍵でもあるだろうに、いきなり決裂させてくるとは呆れるばかりだ。
 それを労う上司がいることにも笑ってしまう。
「そんなに欲しいほどの武将なのですか、望月六郎という男」
「黒田の下で、伏せて飛び出す機会を狙っている獅子という噂だそうだ。秀吉が目をつける前に取り込みたいということだったのだが、性格に問題があるのではなぁ」
 それを判断するのは俺たちの仕事ではないだろうにと思いながら、才蔵はその場を音もなく離れた。
 一人でも優秀な武将が欲しいという気持ちはよく分かるが、戦場に本人が出向くのではなく、忍に行かせるなど愚の骨頂としかいえない。相手はいかにも下に見られたと判断するだろう。
 それで成功する相手もいるのだろうが、その程度の相手を取り込んで喜んでいるようではたかが知れるというものだ。
 徳川は幼い頃から人質に出され、辛い時代を長く過ごしたというが、今はどこの武将も同じようなものだ。決して自慢できるほど稀な生い立ちではない。むしろ三河という広大で批准な土地を手に入れ、多くの武将を手に入れている今、過去自慢でしかなくなっている。
 それほどに自慢できるものがあるならば、今こそ羽柴の背後をつくべきだろうにと思う。
 総勢ともいえるほどの軍勢を四国に向かわせている。中国の毛利、加賀の前田など、恐れる味方はいるが、徳川が反旗を揚げれば同様の夢を見る相手は多いだろう。
 だが、それをする勇気は持たない。並び立つ武将たちとしのぎを削る戦国時代を、渡って勝ち残る勇気がないのだ。
 羽柴秀吉もそんな徳川の性格は知り尽くしているかのように、平気で東に背中を向けているということに気がついていない。
 戻った軍船は、翌暁、他の船と並ぶように沖に漕ぎ出していった。
 船上では既に勝ちを決めたような明るさだった。
 先に上陸して闘っている軍勢が順調に進軍しているのが伝わってきていて、さすがの長宗我部もこれだけの追加軍を見れば、降伏するだろうといわれている。
 海上は既に夏の日差しで、鎧を外し、装束を脱いで日光浴をしている者もいた。
「おーい、甚八! どこへ行くー!」
 すれ違う船に、航海士の男が声をかけた。帆に紋はなく、どこの船かはわからなかった。
「明石に帰るのさ! ひと儲けしたぜ!」
 向こうの船で体格のいい男が両腕をむき出しにして答えている。
「戦に出ればもっと儲けられるぜ!」
「はっ、後からきた奴がよく言うぜ。海上戦はもうないぜー!」
 船がすれ違う。
 才蔵は視線を感じて、甚八と呼ばれた男の船の帆柱を見上げた。
 小さな影が帆柱の見張り台に立っていた。
 才蔵の視線を感じたのか、その少年は身を屈めた。
 ……忍…か?
「儲け話があったら連絡くれよー!」
「てめぇが死んでなかったらなー!」
 横波を受けて船がぎしっと揺れる。
 すれ違った船が遠ざかる。
 振り返った先に、もう少年の影は見えなかった。


posted by 高野尾 凌 at 20:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
もうすぐ、霧隠才蔵との出会い、キタ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!
…もう、自重できなくて、申し訳ありません。
でも、いよいよのご対面かと思うと、ドキがムネムネでロマンチックが止まりません。
だめです。
完全に暴走しています。
Posted by 桂花 at 2009年11月08日 19:19
いつもありがとうございます。ばたばたしていて、御礼が遅くなってすみません。
す、すれ違っただけで……すみません(><)
いつ会えるんでしょう。きっともう佐助から引き離すのは無理……なのではと私もムネムネw というか、才蔵がものすごくフリーダムで、むしろ怖いです。ひー。
Posted by 高野尾 凌 at 2009年11月11日 23:38
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