疾風の勇士−乱世を駆け抜けて− について

真田幸村メインの戦国時代ボーイズラブ小説です。幸村をモデルに、彼と真田十勇士の活躍と生涯を描いていきます。
ストーリーメインでBL的要素は少なめです。現代風に書いていきますので、歴史に興味のない方でも読んでいただけると思います。
フィクションですので史実、時代考証、地形などは、軽くスルーでお願いいたします。幸村メインですので、敵対する武将については表現上かなり悪く書く場合もありますのでご了承下さい。
説明(1)
第一章(14)
第二章(12)
第三章(14)
第四章(14)
第五章(14)
第六章(2)
史跡(7)
閑話(3)

第一章〜三章◆上田城(少年期)
才蔵×幸村ですが、まだ二人は出会っておりません。

2009年11月26日

第六章−2−

 四国を制圧して、羽柴秀吉は姓を豊臣と変えた。
 まだ九州を平定はしておらず、関東もいつ反旗を翻すのか分からない状況ながらも、ほぼ天下を統一したことになる。
「これから戦のない世の中になるんだろうか」
 誰もが期待半分、不安半分の顔を見合わせては囁き合う。
「だけど、九州のほうはまだだろう?」
「北条も伊達も臣従したとは言えないらしいぞ」
 平和になったと思いたい、けれど不安は拭いきれない。何しろ、戦乱の時代が長すぎた。平和な時代を知らないのだから仕方がない。
 それでも備前から安芸にかけては平和だった。
 小早川、吉川の両家を率いる毛利も四国に向けて水軍を出していたが、内地からの徴兵は少なく済んだ。田や畑の実りも多い。
 幸村たちはちょうど刈り入れ時期の農家を手伝いながら手間賃を貰い、少しずつ西に向かって進んでいた。
「秋だというのに暖かいな」
 少し作業をすれば汗ばむなど、信濃では考えられない気候だ。
 もう上田は雪の準備をしている頃だろうか。上田を離れてから何度目の冬だろうかと考える。
 まだ戻る目処もたたず、どんどん離れてしまっている。
 どうすれば帰れるのだろうかと、道を見失いそうになる。
 安芸の国に入ったとき、年が明けて、幸村は十五になった。
 本来ならば元服をして、自分の兵隊を持ち、初陣につく年齢である。
 幸村は白い息を吐きながら、街道を振り返った。信濃は遠い。早馬で駆け続けても五日以上はかかるだろう。
 一度戻ってみようか。近くに行って様子を見るだけでも。
 その逡巡が何度も幸村の足を止めた。
「疲れたか? もうすぐ宿場町に入る。そこで宿を取ろう」
 強く後ろ髪を引かれる幸村を気遣い、清海が励ましてくれる。
「大丈夫だ」
 幸村は力なく笑い、また足を踏み出す。
 自分のできる事を探すのだ。
 それしか帰れる道はないのだと言い聞かせる。
 なだらかに続く山道にさしかかると、向かい風が強くなってきた。宿場町までの距離を考えると、急いだほうがいいとわかっていながら、きつい風に足が鈍り始めた。
「幸村様、大丈夫ですか」
 佐助が足を止めた幸村を振り返った。わずかだが幸村の足取りと息遣いに乱れを感じたのだ。
「大丈夫だ」
 笑って答えるその顔色が心なしか青い。
「休みましょう」
 心配そうに佐助が休憩を取るように主張する。
「何を言う。こんな所で休んでいたら、日のあるうちに宿場につけない」
「しかし……」
 忍にとって主の言うことは絶対である。けれど、主の体に異変を感じたら、その絶対の掟も守り続ける限りではない。
 佐助がここまで粘ることも珍しく、三好兄弟は顔を見合わせた。
「やせ我慢をしていてはいかん。本当に具合が悪いなら、農村があるうちに、屋根のある場所を探したほうがいい」
 清海も幸村の顔色が気になって、休むように言うが、幸村は大丈夫だと繰り返すばかりだ。
 実際に佐助が気づかなければ、清海も伊三も見逃す程度のことだったので、どうしたものかと迷う。
「本当に大丈夫だ。辛くなったら、そう言う」
 そんなことを話している間にも、日の傾きが深くなっていく。
「本当につらくなったら言え。背負って行ってやる」
 清海に言われて幸村は苦笑して頷いた。
 けれど、幸村の足はだんだん遅くなっていく。
「幸村様……」
 とうとう堪えきれずに、佐助がもう一度呼び止めた時、幸村は腹部に手を当てて、ゆっくりと膝を折った。
「幸村様!」
 佐助があわててその体を抱き止める。
「おい! 大丈夫か!」
 清海と伊三も駆け寄って、体の大きな清海の膝に仰向けに寝かせた。
「どこが痛みますか」
 佐助のほうが病人のように青い顔で幸村を覗き込む。
「腹が……大丈夫だ……、少し休めば…歩けるように……」
 両手でお腹を抱え込むようにして倒れたので、腹痛だとはわかったが、手当てをしようにも、周りには本当に何もなかった。
 佐助は腰に巻いた袋から丸薬を取り出すが、そこに目当ての物はなかったらしい。乱暴に袋を元に戻すと、くるりと辺りを見回した。
「薬はないのか?」
 伊三が尋ねると、佐助はゆっくりと頷いた。
「この辺りの山、薬草、あると思う。探してきます。あそこ……」
 佐助は畑の端に見えた農作業小屋を指差した。
「あそこで、風、凌いで、待っててください。すぐ、戻る」
「あ! おい!」
 言い置いて、佐助はすぐに姿を消した。
 二人に幸村を託し、自分にできる最善の方法を取ったのだろう。
「動かして大丈夫だろうか」
「多分、疲労とこの風で体が弱ったのだろう」
「確かにな。風を避ける必要はあるな」
 清海が幸村を横抱きにして、伊三がみんなの荷物を持って、作業小屋に移動した。
 元々人が住むようには建てられておらず、隙間風が入っては来るが、二人の衣類を貸してやると、それほど寒くはないようで、幸村は体を横向けにしておとなしく寝ている。
 時折、歯を食いしばるようにしているのは、差し込むような痛みを感じるからだろうが、その痛みを訴えることはない。
「水を飲むか?」
 伊三が気遣いながら声をかけるが、幸村は弱々しく首を振るだけだった。
「佐助が戻るまで待ったほうがいいだろう。薬草を煎じるのにどれだけ必要かもわからんし」
 清海の指摘に伊三も小さく頷く。
 いくら足の速い佐助でも、薬草を見つけて戻るにはかなりの時間がかかるのではないか、それよりは近くの村に医術の心得のあるものがいないか探しに行ったほうがいいのではないかと不安になった頃、作業小屋の扉ががたがたと揺らされた。
 咄嗟に二人が背中に幸村をかばって扉を振り返ったとき、一人の女性がびっくりした顔で、室内の二人を見つめていた。


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posted by 高野尾 凌 at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 第六章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月23日

霧の朝

私の住んでいる所は、大坂夏の陣の「道明寺の戦い」の近辺です。
この道明寺の戦い、真田幸村軍は霧のため到着が遅れ、援軍を待たずに攻撃を開始した後藤又兵衛は討ち死にしてしまいます。
「この辺、生まれた時から住んでいるけど、霧なんて出たことないなー」
と思っていたのですが、今朝、この当たりは深い霧に覆われました。
50年以上住んでいる母も「はじめて」と言っていた位ですから、本当に珍しいことだったと思います。
昨日は気温が下がり、午後から雨が降っていました。夜中に雨が上がり、今朝は昨日より気温が高くて、霧となったように思います。
山に犬の散歩に行こうとした母が「全然見えなかった」と言っていたくらいですから、こんな霧の日、400年も前、周りに建物らしい建物のなかった細い道を、1万もの大軍を率いてここまで来るのは大変だったことと思います。

深い霧を見ながら、ぼんやりと当時に思いを馳せたのでした。


色々と諸事が重なり、遅れていますが、続きはなんとか書いています。
休みが明ければ書けるはず。
また読みに来ていただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
posted by 高野尾 凌 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

第六章−1−

 明石に戻ってきた貴龍丸は、そこで幸村たちを降ろした。
「行く当てがあるのか?」
 根津甚八は心配そうに幸村を見た。
 仕える先もなく、住む家も持たない少年は、それでもにっこりと笑った。
「少し西のほうに行こうと思ってる」
「だったら乗っていけよ、送ってやる」
 この別れがたい気持ちをなんと表現すればいいのか、わかっていながら甚八はあえて気づかないふりをした。
「歩いていく。船だと見えないものもあるから」
 何を見たいというのか。その若さで、何を見据えているのか。
「また船に乗りたくなったら、港で伝言してくれ。迎えに行ってやる」
「遠くの港にいたら?」
「なぁに、三日と待たせないさ」
 日に焼けた腕が黒光りする。笑ったときに見える白い歯が眩しい。
「期待している」
 幸村も笑って答えた。
 静かに離れていく貴龍丸に手を振って別れを告げる。
 港に残された四人は、海風を頬に受けながら、心を吹き抜ける寂しさに顔を見合わせて笑った。
「どこに行くつもりだ? 西と言っても広い」
 清海はあまり気にした様子もなく、西へと顔を向ける。
「とりあえずは明石で世話になった寺に行こう。帰ってきたら顔を出すように言われていた」
「そうだな。土産も買っていけるな、今なら」
 四人で稼いだ金は、しばらくは楽な旅を約束してくれる。なるべくなら節約して、野宿は逃れたいものだと思うが、世話になった寺の住職に美味い物を持って行きたいと思う。
「魚と酒だな」
「坊主が酒を飲むのか」
「般若湯、般若湯」
 三好兄弟がふざけながら幸村たちの後をついて歩いてくる。
 港町で土産になる魚と酒を買い求め、海で汚れた着物の替えを古着で買って、盲目の住職に会いに向かった。
 住職は声で幸村たちとわかったらしく、とても喜んで出迎えてくれた。
「ご無事で戻られたことが何よりの土産です」
 四人の土産を喜んでくれ、新鮮な魚を焼いて食べた。
 ここでもこれからどこへ行くのかと聞かれ、幸村は西のほうへ行ってみたいと告げる。
「四国での戦が終わったら、会って欲しいお方がいるのです」
 住職はもう少しの間、ここに留まってくれないかと頼んできた。
「俺にですか?」
 幸村が驚いて聞き返した。
「はい。是非、貴方に会って頂きたいと思ったのです」
「そうですか……。けれど、今も戦に行かれているお方でしたら、戻られるまでにまだまだ日数はかかると思います」
「まだかかりますか」
 あまり長く引き止めるのも悪いと感じた住職は、これ以上引き止めるのはかえってこの少年の足を引っ張ることになると諦めることにした。
「四国征伐は間もなく終わると思います。けれど、戦が終わってすぐに引き上げるのは無理かと思います。四国は広いですし、みながいっせいに引き上げるというのも難しいでしょう。早くに行かれた部隊ほど、奥の方まで進軍されておられるでしょうし」
「あぁ、そうですね。拙僧としたことが迂闊でした」
 少年に指摘されるまでうっかりと忘れていたことが恥ずかしい。そんなことは判っていて当たり前なのに、気が逸って会わせることしか念頭になかった。
「西からの帰りにまた寄らせて頂きます。その時にご縁がありましたら、ご住職のお知り合いに会わせてください」
 老僧の願いを無碍にすることもできずに、幸村はきっとまたここに戻ることを約束した。
「またこちらのほうに戻られますか?」
「はい。ここに来るまでに京を素通りしてきたので、いずれは行くつもりでした」
「ならばまた会えますかな」
 ほとんど視力のない目を細めて笑う住職に、幸村も見えないだろうと思いつつ微笑んだ。
「是非また寄らせて下さい」
 固く約束をし、住職の目では行き届かない場所の掃除や修理を手伝って、幸村たちは寺を後にした。
「会わせたい人ってのは、やっぱりどこかの武将なのかな」
「そりゃそうだろう。どこか仕官先の世話を焼くつもりだったとか?」
「幸村、俺たちは今更、どこかに仕えるつもりはないからな」
「馬鹿侍に仕えるくらいなら、貴龍丸で釣りをしていたいな」
 後ろを歩きながら好き勝手なことを三好兄弟が言ってくる。
「だったら降りてこなくてもよかったのに」
「そっ、そんなあっさり言うなよっ」
 案外簡単に置き去りにするつもりがあるのかと、清海が幸村を非難する。
「俺は甚八も降りてくると思ったんだがなぁ」
 伊三のほうはそちらのほうが不満のようだ。
「俺は幸村があの望月とかいうのに仕えるんじゃないかと心配したぜ」
「頭ばっかりよくてもなぁ。冷たい人だって、部下達がこぼしてた」
 また二人で好きに話を進めているのに苦笑して、幸村は浜沿いの道から海を見遣った。
 瀬戸内は広く、貴龍丸も羽柴の戦艦郡も見えなかった。
posted by 高野尾 凌 at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 第六章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

第五章−14−

 大坂、堺、須磨、明石とどこも羽柴軍の軍艦でいっぱいの状態だった。
 霧隠才蔵はその中に足軽としてもぐりこんでいた。
 少しばかり稼いでさっさと離脱するつもりだったが、果たして手柄を上げられるほど戦が続くだろうかとかえって心配になった。
 その時は京にでも行って、何かしらの仕事を探せばいいかとあまり気にもかけていなかった。
 浪速のほうで、服部半蔵配下の忍を見かけたが、むこうは才蔵のことを知らなかったらしく、わずらわしいことを言われずに済んでほっとした。
 服部の忍は武将の姿をとって、小さめの商船に乗って四国に向けて漕ぎ出していった。
 いったい何を企んでいるのだろうかと興味が湧いたが、余計なことに関わってまた半蔵に話しかけられるのもうんざりだと思い直した。
 戦場では敵の情報収集をするために忍は危険な任務にもつくが、あのように侍の格好をして出て行くのはあまり良い仕事とは思えなかった。
 多分交渉事だろうが、あのように忍の気配を隠せていない使者が来ては、相手によってはかえって腹を立てるのではないかと心配してやる。
 半蔵が自分で行けばいいのだろうが、あれほど目立つ傷のある顔では、目だって仕方がないので出られないのだろう。
 忍にとって、傷はあって当たり前のものだが、顔に傷を作ることはあまり善しとされない。今のように請け負えない任務が出てくるからだ。
 特に気にしていたわけではなかったが、半蔵の部下の船はすぐに戻ってきた。
 こっそり抜け出し、闇にまぎれて後を追ってみた。
 遠くまで行かれると厄介だと思ったが、忍はすぐに半蔵と合流した。
「駄目でした。書状を開きもしないありさまで。徳川様を愚弄しているとしか思えません。それにあの程度の軍師ならば、吐いて捨てるほどおりますよ。性格に問題がありすぎます」
 愚痴をくどくどと漏らしている。
 いったい、忍の躾はどうなっているのだと溜め息をつきたくなる。任務についてそれを果たせず、相手の愚痴を吐くことを許すなど、一流の忍ではありえない失態だ。
「いずれ後悔するだろうさ。家康様には俺から話しておく。ご苦労だった」
 ぷっと吹き出しかけて息を止めて堪える。
「後悔はしたことがないので、してみたいと言ってましたよ!」
 どうにも交渉は失敗というだけではなく、決裂と言っても良い状態だったらしい。
 続けて交渉の機会を持てるようにするのが、今後の成功の鍵でもあるだろうに、いきなり決裂させてくるとは呆れるばかりだ。
 それを労う上司がいることにも笑ってしまう。
「そんなに欲しいほどの武将なのですか、望月六郎という男」
「黒田の下で、伏せて飛び出す機会を狙っている獅子という噂だそうだ。秀吉が目をつける前に取り込みたいということだったのだが、性格に問題があるのではなぁ」
 それを判断するのは俺たちの仕事ではないだろうにと思いながら、才蔵はその場を音もなく離れた。
 一人でも優秀な武将が欲しいという気持ちはよく分かるが、戦場に本人が出向くのではなく、忍に行かせるなど愚の骨頂としかいえない。相手はいかにも下に見られたと判断するだろう。
 それで成功する相手もいるのだろうが、その程度の相手を取り込んで喜んでいるようではたかが知れるというものだ。
 徳川は幼い頃から人質に出され、辛い時代を長く過ごしたというが、今はどこの武将も同じようなものだ。決して自慢できるほど稀な生い立ちではない。むしろ三河という広大で批准な土地を手に入れ、多くの武将を手に入れている今、過去自慢でしかなくなっている。
 それほどに自慢できるものがあるならば、今こそ羽柴の背後をつくべきだろうにと思う。
 総勢ともいえるほどの軍勢を四国に向かわせている。中国の毛利、加賀の前田など、恐れる味方はいるが、徳川が反旗を揚げれば同様の夢を見る相手は多いだろう。
 だが、それをする勇気は持たない。並び立つ武将たちとしのぎを削る戦国時代を、渡って勝ち残る勇気がないのだ。
 羽柴秀吉もそんな徳川の性格は知り尽くしているかのように、平気で東に背中を向けているということに気がついていない。
 戻った軍船は、翌暁、他の船と並ぶように沖に漕ぎ出していった。
 船上では既に勝ちを決めたような明るさだった。
 先に上陸して闘っている軍勢が順調に進軍しているのが伝わってきていて、さすがの長宗我部もこれだけの追加軍を見れば、降伏するだろうといわれている。
 海上は既に夏の日差しで、鎧を外し、装束を脱いで日光浴をしている者もいた。
「おーい、甚八! どこへ行くー!」
 すれ違う船に、航海士の男が声をかけた。帆に紋はなく、どこの船かはわからなかった。
「明石に帰るのさ! ひと儲けしたぜ!」
 向こうの船で体格のいい男が両腕をむき出しにして答えている。
「戦に出ればもっと儲けられるぜ!」
「はっ、後からきた奴がよく言うぜ。海上戦はもうないぜー!」
 船がすれ違う。
 才蔵は視線を感じて、甚八と呼ばれた男の船の帆柱を見上げた。
 小さな影が帆柱の見張り台に立っていた。
 才蔵の視線を感じたのか、その少年は身を屈めた。
 ……忍…か?
「儲け話があったら連絡くれよー!」
「てめぇが死んでなかったらなー!」
 横波を受けて船がぎしっと揺れる。
 すれ違った船が遠ざかる。
 振り返った先に、もう少年の影は見えなかった。
posted by 高野尾 凌 at 20:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

第五章−13−

 机に置かれた袱紗を開く前に、望月は目の前の男を用心深く見た。
 体格はよいほうだが、武将という感じではない。多分、忍。忍が武将の姿をして、紛れ込んできたのだろう。
「三河殿はこの度の四国攻めにはご参加されていないと思っておりましたが」
「間もなく羽柴殿の後続艦が瀬戸内海に布陣してまいります。その船を供出しております」
 手は貸さないが、反目もしていないという苦肉の策だろうか。もっとも、あの気弱な狸が、手薄な伏見を襲おうなどという気概はないだろうが。
「返事は後日、お届けいたしましょう」
 書状を届ければ用事は済んだはずの男が去ろうとしないので、望月は出て行けとばかりに声をかけた。
 もっとも、家紋を見せられただけで、身分を名乗りもしない男からの手紙など読む必要もないと思ってのことだが。
「畏れながら、口答にてお返事を戴いてくるようにと」
 隠し切れずに勘気が顔に出てしまう。
 どのような用件かは知らないが、戦場にいる武将に向かって、主でもない大名が返事を急かすなどあってはならないし、聞いたこともない。
「では、このまま持ち帰られるがよろしいでしょう」
 にっこりと笑う。
 読む価値もないと突き返してやる。
「それでは私が叱られてしまいます」
「ならば、字が下手で読めなかったと言われたと言ってやりなさい」
 さすがに相手もむっとしたようだ。だが、望月の冷たい怒気に当てられて、必死に堪えているようだ。
「本当にお読みにならなくてよろしいのでしょうか」
「私は忙しいのです。わが殿からの命令ならともかく、今だお会いしたこともない方からの挨拶状など、読んでいる暇はないのです」
 無駄な会話に苛立ちが募る。どうしてこうも諦めが悪いのか、さすがにぽんぽこの部下だと言ってやりたくなる。
「畏れながら、黒田様にはこれ以上望月様を引き立てるおつもりはないように思われますが」
 それをどうしてお前に言われる必要があると思いかけて、これが相手の作戦かと気がついた。
 元々気が短いほうではないが、心の底から冷えた怒りがこみ上げてくる。口唇がくっきりと綺麗に上がる。
「これでじゅうぶんに引き立てていただいていると大変感謝しておりますよ?」
 相手は無言で望月を見上げてきた。
「それを持ち帰ってください。私が読めば差し障りもあるでしょう」
 渋々と言った様子で、袱紗の包みを懐に入れる。
「いずれ後悔されますよ」
 悔し紛れの一言は、だが望月の怒りをさらに大きくしただけだった。
「後悔? 後悔、ねぇ。そういう気持ちには未だなったことがありません。とても楽しみです」
 冷たい微笑みに相手は頬を引きつらせ、無言で出て行った。訪問から退出まで、失礼極まりない使いだった。あれではあちこちで小心者よ、臆病者よと嗤われるわけだ。
 怒りを吐き出すように溜め息をつくと、背後の部屋から幸村が出てきた。
 扉の影になってよく見えないが、その顔は今まで見たこともないように強張って見えた。すっと現われたのは幸村の忍。
 佐助が横に立ったことで、幸村もようやくほっと安堵の息をついた。
「徳川からの誘いを、断ってよかったのですか?」
 声も固く、望月の心情を推し量っているかのようだ。
「人を化かす狸は嫌いなんです。愛嬌のある猿のほうがよほど好感が持てる」
 幸村は笑ったかのように見えた。ふっと空気が和らいだ。
「どちらにせよ、望月様は黒田様ご配下。羽柴殿の臣下も同じ。俺は碁に負けて、徳川は駆け引きにしくじった」
「私は私ですよ? 君が望むなら、実力で挑んでいらっしゃい。碁でも、槍でも、私はいつでも受けますから」
 貴方を望みますと、まっすぐに見つめられたときの高揚。
 配下への誘いならば、徳川の誘いのほうがよほど相手も大きく、出世も望めよう。黒田長政についていては、いつまでも今のままだろう。
 けれど、何も持たない目の前の少年が言った一言が、心を震わせた。
 またあの目を見たい。
「勝てるようになるのは、まだまだかかりそうです」
 けれど幸村はすっかり諦めたように、それまでの覇気をも消して、望月から視線を外した。
「そろそろお暇します」
 すっと頭を下げられる。
「幸村、その……」
 あわてて呼び止めると、幸村は振り返って笑った。
「今日のことは他言いたしません。俺も佐助も」
 そういうことではない。そう言いたかったが、それを言ってどうにかなることではないと気がついた。
 そのまま出て行く少年を引き止められなかった。
 そしてそれ以来、幸村は望月の元に来なくなった。
 貴龍丸を訪ねれば喜んでくれるが、向こうからはやってこない。
 そうしているうちに、沖合いに桐の紋の戦艦が威風堂々と並んだ。圧巻ともいえる光景に、四国勢は目を剥いたことだろう。
 決着が間近と迫り、望月の心には小さく消したはずの気持ちが膨らんでいった。
 長政は相変わらず望月を呼び寄せることはせず、つまらぬ事を聞くために度々使者を寄越すし、手柄は自分のもので失策は望月の責任だ。
 羽柴勢が加わるまでとの契約だったのか、望月の苛立ちが募る中で、貴龍丸はゆっくりと四国を離れていった。
posted by 高野尾 凌 at 22:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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